「無事に帰国されて嬉しいわ、ラクス」 微笑みとともにレノアがこう告げる。 「もったいないお言葉ですわ、レノア様」 そんな彼女の言葉にふわりと微笑んでみせる彼女の表情に、どこか見覚えがあるようにキラは感じられた。それとも、それは自分の錯覚だろうか。そうも考える。 「レノア様も、今日はお加減がよろしいように見えますが」 「えぇ。キラちゃんが来てくれたから、かしら」 それとも、貴方が来てくれたからかしら……と付け加えるレノアの対応は見事だとしか言いようがない。後でカガリにも教えてあげようと、そんなことも考えてしまう。 「でも、まだ本調子ではないの。だから、晩餐会の方は失礼させて頂くわ」 その代わりに、キラちゃんを紹介する権利をアスランから取り上げたの……とレノアはさらに言葉を重ねた。 「それで十分ですわ」 レノアの体調が一番優先されるものだったから、とラクスは微笑む。 「あらあら。キラちゃんに紹介してもらうのが最優先ではないの?」 くすくすと笑いを漏らすレノアの様子は楽しげだ。でも、後でその反動が出なければいいのだが、とキラは思う。こうなるのであれば、もう少しそちら方面の勉強もしておけばよかった、とも。 もちろん、女神の声を聞くだけではなく、人々の心や体を救うのも神官の役目だ。 神官でも医師としての知識を持っているものもいるし、キラも薬草などの知識は人並み以上にある。しかし、それは医師のものとは比べものにならない。だから、レノアが現在、無理をしているのかどうかまではわからないのだ。 それがわかれば、レノアに無理をさせないですむのではないか。 控えの間から彼女の様子を見ながら、そんなことを考えてしまう。 「確かに、キラさまにはお会いしたいですわ。ですが、レノア様のご体調はそれとは別次元の問題ですもの」 キラに会いたければ、これからまだまだ機会を作れるだろう。だが、レノアの体調はそうではないのだ……と春風のように優しい声がつづる。 その声からキラは、ラクスという少女が持っている優しさと強さ、そして知性を感じ取った。 外見だけに惑わされてはいけない。 しかし、彼女はいったい何者なのか。 クライン家の令嬢……と言うだけではないような気がしてならない。 「……クラインって……そういえば、ウズミ様から何かをお聞きしたような記憶があるんだけど……」 あれ? とキラは首をひねる。それは彼女に関わることではなかったではないだろうか。だが、その内容はいくら思い出そうとしても追い出せない。 「キラちゃん」 そして、答えを見つけるよりも早く、レノアがキラの名を呼んだのだ。 「はい、レノア様」 ここは、レノア個人の謁見室だと聞いている。私室ではなくこちらで謁見をしたと言うことは、公式の場に準ずるのだろう、とキラは判断していた。だから、彼女への呼びかけもそれに準ずるものになる。 王族として幼い頃に身につけた――教師には完璧と言われている――仕草でキラはレノアの脇に進んでいく。 神官に身分は関係ない。しかし、プラントでは自分がオーブの王族だと言うことの方が重要であるようだ。だからこそ、レノアやアスランはもちろん、パトリックの前でも膝を着く必要がない。そのまま、そっとレノアの隣に立つ。 「こちらがクライン家のラクス嬢です。アスランやキラちゃん達よりも五歳ほど年上だったのかしら?」 この言葉で、キラはようやくウズミの言葉を思い出した。 「最年少で賢者の位を得られたお方……とお聞きしておりますが、間違いありませんか?」 そう問いかければ、レノアはしっかりと頷いてくれる。 「ご存じでいてくださったとは……嬉しいですわ」 そして、ラクスもさらに笑みを深めながらこう口にした。 「キラ……ヤマト・アスハ、です」 そんな彼女に向かって、キラは一瞬ためらいながらも家名をつけて名乗る。神殿にあがってから、この名を名乗るのは初めてだな、とそう思う。 オーブであれば、神殿にあがった時点で家名を名乗ることはない。それは、カガリと双子であるキラも例外ではないのだ――もっとも、それと他の者達がキラの本来の身分に対して敬意を払うこととは別問題だといっていいが――だから、普段は『女神の神官であるキラ』と自己紹介をしている。 しかし、プラントではあくまでもキラはオーブの王族の一員としか認識されていない。お国柄の違いと言ってしまえばそれまでなのだろうが、やはり困惑を覚えてしまうものだ。 「ラクス・クラインですわ、キラさま。お目にかかれて嬉しく存じます」 しかし、ラクスの微笑みはあくまでも優しい。 「わたしもです、ラクスさま」 彼女の表情はミゲルやイザーク達と同じものだから、信じても大丈夫だろうか。そう思いながら、キラは微笑み返す。 「お時間がいただけるのでしたら、後でゆっくりとお話をさせてくださいませ」 神官の方のお話はいろいろと興味深いから、と彼女はさらに言葉を重ねる。しかも、その言葉にはそれ以外の感情が含まれていない。 「私も、いろいろとお聞きしたいことがあります。アスランが許可をしてくれるのであれば、いずれお時間をいただきます」 賢者であるのなら、自分が知りたいことに対する答えを持っているのではないか。それでなくても、その手がかりを教えてくれるかもしれない。そう思って、キラはこう口にした。 「あらあら。どうやら、仲良くなれそうね、二人とも」 よかったわ……とレノアは微笑む。 「レノア様」 彼女に視線を向けながら、キラはどのようなことを口にすべきか悩んでしまう。それほど、彼女の表情は嬉しそうなのだ。 「お友達は多いに越したことはないでしょう?」 そして、レノアはこういってくれる。それは、彼女が今までの経験上から出した結論なのだろうか。 「ラクス嬢なら、キラちゃんにとってもよいお友達になってくれるわ」 同時に、彼女がキラの本来の性別を知っているからだろう。 カリダとレノアの関係を知っていれば、それは当然だ。そして、そのようなことに心を砕いてくれる母は、既にいないのだし……とも。 「そうなってくれれば、私も嬉しいです」 だから、キラはこういって微笑む。 「私も、ですわ。キラさま」 ラクスもまた、こういって笑みを深めた。 そんな二人に安心したのか。レノアがため息を漏らす。しかし、それが彼女の疲労の表れのようにキラには感じられた。 「レノア様、今日はもう、おやすみになってください。僕なら、また明日、御邪魔をしますから」 今日の所はもう眠った方がいい、とキラは彼女に告げる。 「そうね。悪いけど、そうさせてもらうわ」 レノアも、自分の体調を把握しているのだろう。小さく頷いてくれる。 「ラクス嬢。そういうことですから、ごめんなさいね」 「いえ。ごゆっくりおやすみくださいませ。お時間をいただけて、本当に嬉しかったですわ」 ラクスもまた、レノアに休むように進めてきた。 「私はこれで。キラさま、晩餐会の席で、またお目にかかりますわ」 そのまま彼女は言葉とともに退出をしていく。その背中を見送ってから、キラはレノアに手を貸すために体の向きを変えた。 |