戻ってきたアスランが、少し困ったような表情を作っている。 「どうしたの、アスラン」 それが気にかかって、キラは彼に問いかけた。 「何かあったのか?」 パトリックもまた、微かに眉間にしわを寄せながらアスランを見つめている。 「何かあったというか……ラクスが母上に謁見を申し込んでいるのだそうです。帰国の挨拶をしたいとか」 それだけではなく、キラにも会いたいと言っているらしい……と彼は続けた。 「……僕に?」 「あぁ。母上への挨拶だけであれば、型どおりだからすぐに終わるだろうが……キラにもとなると時間がかかる」 自分個人としては、せっかくの時間を邪魔されたくないんだが……とアスランは王子にあるべきセリフを口にした。 「アスラン」 「そうだろう? キラと母上が一緒にいられるなんて滅多にないことだし、母上のお加減がよろしいのも珍しいんだ」 ラクスは悪い人間ではない――むしろ、好ましいと言える――が、今は割り込んできて欲しくないんだ……と、どこか小さな子供のような言葉を彼ははき出す。その様子が、昔のアスランを思い出させて、キラは小さな笑いを漏らしてしまう。 「……笑うことはないだろう、キラ」 むっとしたような表情でアスランがにらみつけてきた。 「ごめん。ちょっと、昔のことを思い出しただけ」 アスランがオーブに来たときのこと、と付け加えれば、何か思い当たるものがあったのだろう。アスランは焦ったような表情になる。 「貴方、何をしたの、アスラン」 「失礼なことをしてきたわけではなかろうな」 レノアとパトリックが即座にアスランに問いかけた。その表情は、息子を心配する親のものだ。 「失礼というか……」 助け船を求めるかのようにアスランはキラへと視線を向けてくる。 「……三人で一緒に遊んでいたときに割り込んできたものがいて……アスランが追い出しただけです。そうしてもらって、その時はよかったのですけど」 これも本当にあったことだからかまわないかな、と心の中で付け加えながら口にした。 しかし、本当に思いだしていたのはこの事ではない。 カリダと一緒にいたときに帰ってきたハルマを見て、アスランが思いきり頬をふくらませた時のことと先ほどの表情がよく似ていたな、とそう思ったのだ。 「なるほど。ならばかまわないか」 女性を守るのは男として当然のことだしな……とパトリックは頷く。 「あら。女性でなくても、弱いものを守るのが男の役目でしょう?」 くすくすと笑いながら、レノアが夫の言葉を訂正する。 「アスラン」 そのまま、彼女は視線を息子へと向けた。 「ラクス嬢には申し訳ないけれど、今見苦しい姿をしておりますので、身内のものだけにさせておいて欲しいと伝えてちょうだい」 それでも、というのであれば、少しだけ時間を取るが……と言うレノアの言葉に、アスランは小さく頷いてみせる。 「キラちゃんに関しては……今日は非公式の訪問だから後日、正式の場を設けると言うことで……かまわないかしら、パトリック」 「そうだな。ジュールはキラ殿を預かってもらっているし、エルスマン達に関しては、子息がアスランの親衛隊だからな。その縁で息子達が親を紹介したまでのこと。シーゲルにも会わせていないのに、ご息女に先に会わせるというのは、な」 せめて、夕餉の席まで待ってくれるのであれば、内々だけの会食の席を設けさせるが……とそう伝えて欲しい、とパトリックも頷く。 「わかりました。では、また席を外しますが……あぁ、キラ。それなら、衣装を替えるか?」 汚したくないだろう、それ……とからかうようにアスランは問いかけてくる。 「アスラン……僕だって、大人になったんだけど」 そう簡単に服は汚さない、とキラは少しだけ頬をふくらませて反論をした。 「わかっているけどな。見ている俺の方が心配になるんだって」 カガリのドレスの袖もいつも気になっているんだ……とまで言われては、キラとしては返す言葉もない。 「……マリューさんに声をかけてくれれば……準備してくれるとは思うけどね」 でも、そのためだけにジュール家に戻ってもらうのはどうなのだろうか、とキラはため息をつく。 「お二人は……ミゲル達と一緒か。なら、イザークにも声をかけておけば……父君がよい方法を考えてくれるだろう」 キラが持参した衣装ではないかもしれないが……とアスランは口にする。 「……うん」 自分でできることは自分でやる生活が身に付いているせいか。どうしても、自分のことで誰かの手を煩わせてしまうことには気が引けてしまう。マリュー達であれば、そのあたりのさじ加減がわかっているから、キラの負担にならないようにしてくれるのだが。 だが、ここではここの常識に従った方がいいかもしれない。そう考えて、キラは小さく頷く。 「気にすることはないわよ、キラちゃん。アスランは、一番綺麗なキラちゃんの姿を他の人にはあまり見せたくないだけ」 心が狭い男よね、とレノアが明るい口調で告げる。 「母上!」 アスランが焦ったように彼女に呼びかけた。 「……そういうことは、カガリの時にした方がいいと思うよ」 レノアを擁護するわけではないが、と思いながら、キラはこう告げる。 「キラまで……」 アスランは呆然とした口調で言葉を重ねた。 「アスランの婚約者はカガリ。よく似た顔をしているからって僕とカガリを間違えちゃダメだって」 わかっているよね、と念を押すように問いかければ、彼は頷いてみせる。 「でも、俺はそんなに心が狭くないつもりです」 カガリなら逆に見せびらかして歩く……と真顔で彼は続けた。 「でも、父上や母上はもちろん、キラも家族のようなものだから……今だけは家族だけで過ごしたいのです」 それこそ、勝手な思いかもしれないが……とアスランは微苦笑を浮かべる。 「こんな風に、また、みなでそろうことができるかどうかわかりませんから」 そう付け加えた言葉の裏にはきっと、カリダのことがあるのだろう。そのくらいはキラにもわかる。 「本来であれば、そのようなことは許されぬのだろうが、しかたがあるまい」 苦笑とともにパトリックもこう頷いて見せた。 「ただし、此度だけだぞ」 次はない、という彼に 「それで十分です」 とアスランは言い返す。そのまま、また出て行く。 「アスラン……」 「気にしなくていいわ、キラちゃん。久々にちょっとワガママが出ちゃっただけだわ」 久々だもの、とレノアは微笑む。 「私も、あの子の気遣いが嬉しいわ」 今だけでいいから、キラとゆっくり過ごしたかったの……と彼女は付け加えた。 「キラちゃんとカガリちゃん。一緒に来てくれることはないでしょうし」 「そんなことありません。カガリの結婚式であれば、僕もお供できます」 何よりも、自分はカガリよりも気軽な立場だから、呼んで頂ければいつでも理由を作って顔を見せる。そういうキラに、レノアは嬉しそうに笑ってくれた。 |