翌朝、キラは任命式で身に纏った衣装を荷物の中から取りだしていた。 「……こうしてみると、みんな遊んでくれたよね」 刺繍なんて、本当に細かい。それを施してくれたのが友人達だと思うとありがたいとしか言えないのだ。 「今度は、みなさまのためにキラ様がお返しをされればよろしいのでは?」 そうすれば、マリューが微笑みながら言葉を返してくれる。その手にはそろいの装飾品が乗せられていた。それらは、ハルマとカガリが全て新たにそろえてくれたものだ。それらもまた、一つ一つに精緻な模様が彫刻されている。 「マリューさん」 「プラントには、海外から美しい布も持ち込まれているそうですし……白い布があれば、それを買い占められてもよろしいでしょうね」 神殿で必要な儀式を行えば、これから任命式を受ける者達が使えるだろう。それでなくても、自分たちが使うクッションや何かを作る材料になるだろうし、珍しい布は喜ばれるのではないか。彼女はそう付け加える。 「そうだね。後でアスランに相談してみよう」 でなければ、この地にいる神官に、だろうか。 レノアにあったときに聞いてみるのもいいかもしれない。そんなことも考えてしまう。 「マリューさん」 「わかっています。ちゃんと見張っていますわ」 ですから、身を清めていらしてください……と彼女は頷いてくれる。言外に、誰もその場には近づけないから、とも付け加えてくれた。 「お願いします」 神官である以上、自分の性別を他人に知られるわけにはいかない。とは言っても、完全には不可能だ。成長してしまえば自然とわかってしまうものも多い――イザークの父はそれだからこそエザリアに求愛されたのだろう――そして、一緒に暮らしていれば自然に知られてしまうこともある。 マリューはキラ本来の性別を知っている数少ないものだ。 だからこそ、こう言うときに呼び出されてしまうのだろう。 既に結婚をして役職を離れている相手なのに申し訳ないな……とキラは心の中で呟いた。それでも、彼女がいてくれると安心できる自分がいることをキラは自覚している。 いい加減、彼女の手を離さないといけないのにな……と自嘲の笑みを浮かべながら、キラは手早く夜着を脱ぎ落とした。そして、そのまま奥におかれている水瓶から水を汲む。そして、頭からかぶった。それを何度か繰り返すと、手桶を置く。 持ち込んだ清潔な布で水をぬぐうと、下着を身につけた。 「……髪、乾くかな……」 ざっと水気を拭き取りながら、キラはこう呟く。 いつもの癖で禊ぎをしてしまったが、考えてみればここから王宮まで行かなければいけないのだ。 もっとも、失敗したからと言って、どうすることもできない。 髪の毛を別の布で包む。そのまま部屋に戻れば、マリューがキラの姿を見て苦笑を浮かべる。 「あらあら……これなら、きちんと結ってしまった方がよろしいかもしれませんわね」 乾くまでに時間がかかりそうだし……と彼女は続けた。 「すみません」 「いいのよ」 それだけ作法が身に付いていると言うことだし、とマリューはさらに言葉を重ねる。同時に手早くキラの髪をまとめてくれた。 その指の動きが、記憶の中のカリダのものに似ている、とキラは思ってしまう。 こう考えてしまうのは、これからレノアと会うからだろうか。 だとするなら、うかつなことを口走って彼女を悲しませないようにしないと……とキラは気を引き締めた。 パトリックやアスランとともに、キラは奥宮へと進んでいく。 政治の場である表宮とは違い、こちらは穏やかな空気で包まれていた。それは、レノアの体を気遣ってのことかもしれない。 「疲れたのか?」 アスランがさりげなくこう問いかけてくる。 「すまなかったね。本来であれば、あのような事になるはずはなかったのだが……」 その言葉に続けてパトリックもこう告げてきた。 「流石に、あの場で貴族達を閉め出すわけにはいかなかったのでな」 もっとも、キラの側にはイザークの母であるエザリアやディアッカの父などと言ったプラントでも有数の貴族達がいてくれた。だからこそ、余計な声はかけられなくてすんだのかもしれない。 「いえ。気になさらないでください。父にも、覚悟するように言われておりましたから」 血のつながりはどうしようとも切ることはできない。 そして、プラントでは神官の地位よりもカガリと双子だという方に魅力を見いだすものが多いだろう。 だから、どのような視線を向けられても決して動じてはいけない。神官として恥ずかしくない行動を取ればいい……とハルマは出かける間際にキラに声をかけてくれた。本来であれば、自分も一緒に行きたかったのだが、とも。 「そうか……ハルマも心配していると見える」 もっとも、それも当然だろうが……とパトリックは苦笑を浮かべた。 「だからこそ、ジュールにキラを預けられたのではありませんか」 アスランがこう言ってくる。 「ジュールであれば、他の貴族でもうかつに口を挟めませんし……同等の公爵家であるクラインは、キラの立場を尊重してくれるようですから」 静かに過ごせるだろう、とも彼は続けた。 「確かに。シーゲルもハルマと仲がよかったからな」 若い頃は、三人でよくとんでもないことをしたものだ……とパトリックは笑い声を漏らす。 「そういえば、ラクス嬢が戻っておいでだとも聞いたな。後で、キラ殿にも紹介しよう」 会っていて損はない人物だ、と彼は続けた。 「国王陛下がそうお考えなのであれば、私にお断りする理由はございません」 キラは、自分の立場にふさわしいと思える口調でこう言い返す。 「キラ……あのね」 そんな他人行儀な言動は……とアスランが不満げに口にする。 「誰が見ているかわからないし……それで、あれこれいわれるのはいやでしょう?」 そんな彼に向かってキラはこう言い返す。 「大丈夫。レノア様の前ではそんな態度は取らないから」 小さな笑いとともに、キラはこうも付け加える。 「本当に……オーブの方が気楽でいいな。そういうことに関しては」 自分の国の方が厄介だとは思わなかった、とアスランはため息をつく。 「キラ殿の気持ちはありがたいが、私もアスランもその程度で揚げ足を取られるような存在ではないからな。少なくとも奥宮では普通にしていてくれてかまんよ」 その方が自分も嬉しいとパトリックが口を挟んでくる。 「はい。パトリック様」 彼がそういうのであればそうなのだろう。キラは微笑みとともに頷いてみせる。 「それにしても……そのような姿だとまさしく花嫁だな。カガリ殿が落ち着いたら、式だけでも上げてしまうか?」 それとも、先に孫を……とパトリックは冗談めかして口にした。 「父上!」 「どうかしたのか? 孫をみたい、と言ってはいけなかったのか?」 アスランの抗議をパトリックはさらりとかわす。そういうところがやはり重ねてきた経験の差というものなのだろうか、とキラは思う。 「できれば、もうしばらく待って頂ければ……カガリにしても、まだまだ勉強しなければいけないことがあると言っていましたから」 でも、カガリとアスランの子供なら可愛いよね? とさりげなく付け加える。 「キラ……お前まで」 頼むから、とため息をつくアスランに、キラもパトリックも笑いを漏らしてしまった。 |