オーブと違ってプラントは商業の要所でもある。そのせいか、人々の動きも違うな、とキラは思った。 「大丈夫か?」 馬車の窓から首を伸ばすようにして周囲を見回していたキラに、イザークがこう問いかけてきた。 「はい。人々の活気が違うな、と思って」 「オーブと比べると騒がしいかもしれないがな」 その分、よこしまな考えを持っているものも多い。それがキラの負担にならなければいいのだが……と口にする彼に、キラは小さく首を横に振ってみせた。 「大丈夫です。悪意を向けられているわけではありませんから」 悪意を直接向けられれば辛いが、こんな風に人の様々な感情を感じているだけならば苦にならない。キラは微笑みとともにそう告げる。 「それは誰でも同じだと思うが」 たまにそれでも平気な人間もいるがな……とイザークは苦笑とともに言い返してきた。 「そうですよ、キラ様。あまり無理はなさらないでくださいね」 馬車に同乗していたマリューが口を挟んでくる。 「お見舞いに来たのに、自分が倒れちゃ本末転倒だもんな」 くつくつと笑いを漏らしながら、フラガもこう言ってきた。 「そうですけど……」 それでも、オーブとは違うこの人々の様子はどこから来るのだろうか。そう思うのだ。 「時間ができれば、街も案内させて頂く。今日はゆっくり休まれればいい」 父もキラに会えるのを楽しみにしているしな……とイザークは付け加えた。 「僕も、お会いできて光栄だと思うよ」 マルキオからの伝言も預かっているし……とキラが答えたときだ。 不意に華やかな香りがキラの鼻をくすぐる。それは、キラが使っている香でもマリューが付けている香水でもない。 では、いったい何なのだろうか。 そう考えながらキラはさりげなく周囲を見回す。そうすれば、一人の人物の姿が視界に飛び込んできた。 そう、まさに飛び込んできたのだ、彼女の姿は。 これだけの人数がいるというのに、キラと彼女の間は何故か一直線に空間が空いているのだ。 まるで、そこにだけ見えない壁があるようだ、とキラはそう思う。 しかも彼女の顔は目深にかぶられたフードではっきりとは見えない。それでも、淡い色で彩られた唇だけはくっきりとわかる。 その唇が不意にやさしい笑みを作った。 次の瞬間、まるで壁が取り除かれたかのようにキラとその女性の間にあった空間に人々が入り込んでくる。 「……今のは……」 何だろうか、と思う。 嫌な感じはしなかった。逆に暖かな感じがした、と言っていい。 「好奇心、かな?」 一番近い感情は……とキラは呟く。 「どうかしましたか、キラ様?」 それが耳に届いたのだろう。マリューがこう問いかけてきた。 「今、ちょっと綺麗な布地が見えたので。手巾なら、みんなのおみやげにちょうどいいかな、とか思ったんです」 何故か、あの女性のことはまだ口にしてはいけない。そんな気がして、キラはこう告げる。 「他にも、あれこれ気になるものがあったので……我ながら好奇心旺盛かな、と」 オーブの外に出たのが初めてだからでしょうか、とキラは小首をかしげて見せた。 「そうかもしれませんわね。おみやげを買うときには、ちゃんとおつきあいさせて頂きますわ」 だから決して一人では行かないように、とマリューは釘を刺してくる。 「マリューさんにはおつきあい頂きますよ」 フラガには付き合ってもらえないような場所にも……と微苦笑とともに言い返した。 「図書館とか」 「あぁ……それはあの人が一番苦手としている場所ですね」 本の山に取り囲まれれば、即座に眠くなると言っていたから……と彼女は笑いながら付け加える。 「本人は『肉体派』なんだと言っていますけど、ただたんに、頭を使うのが苦手なだけですわよね」 うわ、辛辣……と普通の人間ならば、顔をしかめるかもしれない。だが、彼女の言葉には愛情が色濃く滲んでいるから、まったく違う意味に聞こえるのだ。 「でも、本を運ぶ手伝いぐらいはしてもらいたいのですが」 流石に、あれこれ調べようと思えば自分一人では大変だろう……とキラは思う。ただでさえ本は重いのだ。 「わかっていますわ」 その後、床で眠っていようと何をしようとかまわないでしょう……とマリューは笑う。 「必要なときにたたき起こせばいいのですものね」 楽しげに彼女が笑いを漏らしたことだ。 「図書館に行くのであれば、俺とニコルもお供しますよ」 イザークがもう大丈夫だろうと判断をしたのだろう。口を挟んでくる。 「その前に、我が家の蔵書の中で必要なものがないかどうか、確認してください。両親の趣味で、量は図書室ほどではありませんが、質に関しては負けないと自負しております」 だから、キラの宿泊先に自分のところが選ばれたのだ、とイザークは微笑みかけてきた。 「それは楽しみです」 イザークの父の博識ぶりは、話だけだがキラも知っている。だから、その彼が選んだ蔵書であればきっと調べたいことの一部だけでもわかるかもしれない。 だが……とキラは心の中で呟く。 一番知りたいことはきっとわからないだろう。 オーブで調べようとしてもまったく資料がなかったのだ。それは、自分が調べたいことが女神のご意志とは反した者達の事に関してのものだからだろう。 しかし、自分はそれを知らなければいけない。 誰かにそう囁かれているような気がしているのだ。それはきっと、女神の声なのではないか。キラはそう感心している。 「あぁ、見えてきたぞ」 イザークがこう言いながら、前方を指さした。掘りのような小川の先に壮麗な建物が並んでいる。おそらく、ここから先が貴族達の居住地なのだろう。 「一番奥に見えているのが王宮だ。俺の家はその少し手前にある」 アスランが抜け出してきてもとがめられない場所だ……と彼は続けた。 「まぁ、今日は流石に来ないだろうがな。明日からは他の連中も裏から来るだろうが……キラ様にはご容赦を頂くしかないか」 面倒な手続きを吹き飛ばして遊びに来ると言うことなのだろう、とキラは判断をする。 「もちろんです。カガリも、そういうことは得意だから」 何気なく口にしてから、キラは慌てて自分の口を押さえた。アスランの友人とは言え、他国の人間に自国の女王の悪行を教えてはいけない買ったのではないか。そう思ったのだ。 「似たもの夫婦になりそうだ、と言うことだな」 俺たちは別の意味で胃が痛くなりそうだ……とイザークはその言葉を笑い飛ばしてくれる。それに、キラは思わず胸をなで下ろしてしまった。 |