純白の生地に白だけで刺繍が施された衣装は、ある意味、婚姻のそれに似ているかもしれない。
 髪の毛すらも、同じ生地で隠されているからこそ、余計にそう感じられるのではないだろうか。
 だが、今目の前でキラが身に纏っているそれと婚姻衣装では大きな違いがある。
 カガリは、大神官の前で膝を折っているキラの姿を見つめながら、そんなことを考えていた。
 婚姻の衣装が、夫となるものをはじめとした者達に《女》としての自分を見せつけるためものならば、今のキラが身に纏っているのは俗世の汚れを振り払うためのものだと言っていい。
 この日から、キラは神官として女神の言葉を体現する存在となる。
 だからといって、自分との縁が切れるわけではない。
「……他人に取られないだけ、マシか」
 少なくとも、キラは神殿にいてくれる。そして、神殿は自分が自由に足を運べる数少ない場所でもある。だから、いつでも会いに行けば会いに行けるのだ。
 自分勝手な思いとはわかっていても、それだけで十分だ、とも考えてしまう。
「でも、綺麗だよな、キラ」
 自分が男でなくてよかった。そんなことになっていたら、絶対に誰にも触れさせないに決まっている。
 そのために、どこかに隠すぐらいしそうだよな……と本気で考えてしまう自分に、カガリは苦笑が浮かんでくる。
 それだけキラが大切だ……と言えば聞こえはいいが、結局はただの独占欲だと言うことも自覚しているのだ。
「もっとも、あいつも似たり寄ったりだからな」
 この場に足を運べなかった婚約者の顔を思い出しながら、カガリは呟く。
 自分のようにずっと側にいたわけではない。だから、きっと、自分のように表に出ないだけなのだ。
 もし、彼が自分の立場だったら、恐いことになっていたかもしれない……とそんなことまで考えてしまう。
 なら、今が一番なのか……とも心の中で呟いた。
 そんな自分の思惑など関係ないように式は粛々と進んでいく。
 自分の時もそうだったのだろうか。
 もっとも、規模からすれば格段の差だが。その代わりに、今回の方が純粋にキラが神官に任命されることを喜んでいるものばかりが臨席しているように感じられる。
 ハルマにいたっては、もう、涙を抑えられないようだ。
 それはきっと、父親の感慨なんだろう。
 アスランの代わりに名代として参列しているイザークはイザークで、もう、畏敬の眼差しでキラを見つけているし。その眼差しに恋愛感情がないだけマシか……とそんなことも考えてしまう。
 キラの存在が他人を引きつけてしまうのはもうしかたがない。
 だから、変な奴を近づけないために自分たちが頑張らなければいけないのだ。
 さらりと音を立ててキラが立ち上がる。その額には、神官の地位を示す細い額飾りがあった。
 中央にはめられているのは、女神の瞳の色と言われている宝石。
 そして、キラにはキラ自身が持って生まれた同じ色の一対の宝石があった。
 白一色の衣装の中で、それだけが鮮やかに見える。
 この世界を生み出された今は眠りの中にいる女神は、このような姿をしていらっしゃったのではないだろうか。キラの姿を見てしまえば、そう感じるものも多いだろう。
「キラは……神官の地位にあるのがふさわしいよな」
 生まれたときからそうなるべく育てられたキラ。
 ようやくその願いが叶ったのだから、あの晴れやかな表情はそのせいだろう。
「……だから……」
 キラには綺麗な世界だけを見ていて欲しい。政治の裏側なんて知らなくていいのだ。
 それに関わらせないために、自分――自分たちはどんなことでもしよう。カガリは改めてそう考えていた。

 式典の後、親しいものだけを集めて祝いの宴が開かれた。
「綺麗だよな、キラ……」
 感心したようにカガリがこう言ってくる。
「お父様にも言われたよ、それ」
 でも、綺麗なのは衣装じゃないの? とキラは首をかしげながら口にした。
「お前も綺麗なんだって。私が『美人』と言われているなら、同じ顔をしているお前だって美人なんだぞ」
 わかっているのか? とカガリは笑い返してくる。
「でも……」
 自分とカガリの顔つきは全然違う。だから、カガリは美人だと言われても当然だろうが、自分は違うのではないか……とキラは思うのだ。
「バラもユリもクロッカスも、それぞれ趣は違っても美しいだろう? それと同じだ」
 自分とキラは別の人間なのだから、まったく同じ意味で『美人』と言われているわけではない。だが、他人の目を惹きつけるという意味では同じだろう、とカガリは付け加えた。
「……そうなんだけど……」
 でも、自分は美人じゃないと思うんだけどな……とキラは呟く。
「キラ」
 そんなキラの様子にカガリはため息をついて見せた。
「謙遜もすぎるとイヤミだぞ。第一、お前は女神様に似ているみなに言われているんだ。そんな態度は女神様に失礼じゃないのか?」
 こうまで言われてしまえば、キラとしては納得するしかない。
「……うん……」
 静かに頷けば、カガリはいいこだと言ってキラの髪を撫でてくれる。双子なのに、それは何なのか、と一瞬思う。でも、カガリの手がやさしいからいいかとも考えてしまった。
「それで、だな。ちょっと頼みたいことがあるんだ。まぁ、半分以上はキラが神官になったお祝いみたいなものだけどな」
 にやりと笑うと、カガリはこう言ってくる。
「カガリ?」
「プラントにレノア様のお見舞いに行ってきてくれないか? 流石に私はいけないが、お前ならば大丈夫だろう」
 今日の衣装を見せれば、きっと喜んでくださる……と言うカガリの意見に、キラは目を丸くした。
「でも……いいの?」
「マルキオ様には、先日許可をいただいてある。イザーク殿が護衛についてくださるそうだから、安心だしな」
 レノアには、絶対に自分とアスランの子供を見てもらわなければいけない。カリダには無理だったから……と言われて、キラは優しかった母のことを思い出した。だから、せめてレノアには……と言うカガリの気持ちもわかる。
「わかった」
 プラント側が受け入れてくれるというのであればかまわない、とキラはすぐに頷く。あちらの神殿にも足を運んでいろいろと話を聞いてくるのもいいだろうし、とそう思うのだ。
「頼んだぞ」
 そんなキラに、満足そうな微笑みをカガリは浮かべた。

  
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