キラのことを告げれば、パトリックは諸手をあげてとは言わないまでも即座に頷いてくれた。
「カガリ殿の女王としての姿は見られなくても、キラ殿の神官としての姿であれば、直接見られる。それであれが生きる気力を取り戻してくれるのであれば、かまうまい」
 むしろ、こちらから頼みたいほどだ……と彼は重々しい口調で頷く。
「それに……オムニにあの子を取り上げられるわけにはいかないしな」
 さらにこうも付け加えた。
「父上?」
「それに関しての手配は、お前に一任する。かまわぬな?」
 もっとも、レノアには自分の口から伝えるが……と告げたところで彼は初めて笑みを浮かべる。それは、きっと、彼女の喜ぶ顔を想像しているのことだろう。
「一番いいところだけおとりになるおつもりですか?」
 そんな彼のやいどを見て、アスランは思わずこう呟いてしまった。
「いけないか?」
 平然とした口調で彼は言い返してくる。
「レノアの喜んだ顔が見たいのでな」
 それに、提案してきたのはアスランだ……と彼は笑う。自分は許可を出しただけだ、とも。
「提案をしてきたお前が責任を持つのが当然であろう?」
 さらに付け加えられた言葉に、アスランはそれ以上の反論を諦める。
「わかりました。どこまでの権限を与えて頂けますか?」
 こうなったら、こちらも情報するのだからパトリックからも最大限の譲歩を引き出してやる、とも考えた。そのためにはまず、彼の言質を取っておきたい、とも思う。
「近衛と貴族達への協力に関しては、連名でかまわん」
 神殿へはあちらから連絡がいくだろうから必要があるまい、とパトリックは付け加える。
 だが、それだけで十分だ。いや、十分以上だとアスランは思う。結局、キラに関しては彼もかなり甘いと言うべきなのかもしれない、とそうも付け加えた。
「それで十分です、父上」
 言葉とともにアスランは微笑む。
「では、お前の手並みを拝見させてもらおう」
 不十分だと思ったときには自分が手を出す。言外にパトリックはこう付け加える。
「わかっております。父上のお手を煩わせないように頑張りますよ」
 キラのためだから……とアスランはさらに笑みを深める。
「母上には、カガリとの結婚式はもちろん、孫の姿も見て頂きたいですからね」
 その日までいきようとする意欲を持って欲しい。それには、まず、キラの成長した姿を見てもらうのがいいのではないか。そう付け加える彼に、パトリックは頷く。
「キラ殿と一緒にハルマも顔を見せてくれればいいのだが……カガリ殿が女王の地位に就かれたばかりでは難しいだろうな」
 それでもキラと話ができるのを自分も楽しみにしている。そう付け加える父も、やはり自分たちと同じような意味でキラを必要としているのだろうか。そんなことを考えてしまうアスランだった。

 キラは不意の大神官からの呼び出しに眉を寄せる。
「僕、何か失敗したかな?」
 それとも、しばらく王宮にいたせいで、知らず知らずのうちに気がゆるんでいたのだろうか。そんなことも考えてしまう。
 もうじき任命式だというのに、それではいけないのではないか。もっと気を引き締めないと……とも思いつつ、大神官の執務室の扉の前で足を止める。
「キラです。お呼びと聞きましたが」
 そして、中にいるであろう人にこう呼びかけた。
「入りなさい、キラ」
 室内から優しい声が返ってくる。それを確認してから、キラは扉を開けた。
「マルキオ様、失礼をします」
 そして、言葉とともに頭を下げる。
「カガリ?」
 顔を上げると同時に、室内にいると予想していた人物ではなく予想もしていなかった相手の顔を見つけて、キラは思わず大きな声を出してしまった。
「久しぶりだな、キラ」
 そんなキラに向けて、カガリはいつもの笑みを向けてくる。
「少し時間が取れたことと、マルキオ様に用事があったのでな。ついでにお前の顔を見てから帰ろうと思ったんだ」
 呼び出して悪かったな……とさらに言葉を重ねられて、キラは小さなため息をついてしまう。
「どうかしたのですか、キラ?」
 優しい声でマルキオが問いかけてきた。
「……知らない間に、気がゆるんでいて……それを注意されるのではないか、と思っておりました」
 自分では気が付かないところで、とキラは付け加える。
「貴方は十分、みなの手本になれますよ、キラ。安心をしてください」
 驚かせてしまったようですね……とマルキオは微苦笑とともに言葉を口にした。
「女王陛下をお迎えするのですから、他の場所ではご無礼になるかと思ったのですよ」
 立場から言えば、女王と大神官は同列とみなされる。大神官だけが、女王に礼を取らなくてもいい存在なのだ。
 何よりも、彼はマルキオはウズミ達と同年代である。カガリを呼びつけたとしてもかまわないと考えられている存在なのに、マルキオはいつでも彼女に対しては礼を持って接している。それだからこそ、マルキオは誰からも信頼されているのだろう。
「すまなかったな、キラ。余計な不安を与えてしまったか?」
 カガリが本気で、すまなそうな表情を作るとこう言ってくる。
「忙しいカガリに、久しぶりに会えたから嬉しいよ」
 そんな彼女に向けて、キラはこう言い返した。
「でも、本当にどうしたの?」
 何か厄介ごとでもあったのだろうか。言外にそう付け加えながら、キラは彼女の側に歩み寄った。
「アスランからちょっと頼まれごとがあってな。それに関して、マルキオ様のご協力を扇ぎに来たんだよ」
「マルキオ様の?」
「そうだ。もっとも、最終的にはお前に頑張ってもらわないといけないことだが」
 この言葉に、キラは小首をかしげる。
「……ともかく、全ては任命式が終わってからのことですよ」
 それまでに、終わらせなければいけないことを頑張ってください。そういうまるきおに、キラは頷いて見せた。

 キラが、この時にカガリとマルキオの話し合いの結果を知ったのは、任命式が終わった、まさにその瞬間だった。


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