「カガリ……」
 キラを見送りながら、ふっとアスランが声をかけてくる。
「何だ?」
「……キラを、一度プラントに寄越さないか? どうも、オーブ国内にもオムニの手が伸びているようだしな」
 処断するつもりなのだろう? とアスランは付け加えた。
「あぁ……」
 国政の中枢にまで入り込まれては困る。だから、できるだけ早く対処を取りたいというのは事実だ。しかし、と思う。
「キラに、見せたくないんだろう?」
 そんな自分の姿は……と言われて、カガリは頷いてみせる。
 キラだってそれなりにわかっているはずだ。政治の世界がどれだけ汚いかは、だ。それでも、そんな判断を下している自分を見せたくないと思ってしまう。
「お前だってそうじゃないのか?」
 だが、それはお前だけじゃないだろう……とカガリがアスランに問いかけてくる。
「否定する気はないな」
 苦笑とともにアスランは頷いて見せた。
「欺瞞だとわかっていても、キラにはそういう自分を見せたくはない」
 為政者として必要だ、とわかっていても、自分が誰かの命を奪う判断を下している姿を見せたくはない。そして、その事実に悲しんでいる彼女の姿もみたくはないのだ。
「だが……キラが納得をすると思うか?」
 ぼそりとカガリが呟く。
「プラントにも神殿はある。何よりも、王都にある大学は、オーブのそれよりも規模が大きいと自負しているが?」
 そこで女神の事をしらべているものもいる。彼等にオーブの神官となったキラと話をさせてやれれば、それはそれで有意義ではないだろうか。そういえば彼女は納得はしないか? とアスランは問いかける。
「何よりも……母が喜ぶ」
 ぼそっと、アスランはこう付け加えた。
 カリダが亡くなってからと言うもの、レノアは完全に気落ちしてしまったらしい。完全にベッドから起きあがれなくなってしまったのだ。
 それでも、親友の子供達であるカガリとキラのことは気にかけている。
 あるいは、自分と彼女たちの存在があるからこそ――あえてパトリックのことは除外しておく――彼女はまだ生きようとしてくれているのではないか。そう思えるのだ。
 カガリがプラントに足を運ぶことは難しいだろう。
 だが、キラであればまだ可能なのではないか、とアスランは考える。そして、現状であれば、キラをオーブから切り離すことをカガリも考えているのではないか。そう思うのだ。
「……確かに、レノア様の見舞いも含めれば……キラも納得するか」
 あの子も、レノアのことはずっと気にかけていたからな……とカガリも頷く。
「お父様やウズミ様にも相談しておく」
 彼等にしても、キラに政治の裏側を見せたくないと思っているだろう……と彼女は付け加える。
「だが、問題は……キラの護衛か」
「……ミゲルとイザークが立候補をしてくれている。だから、心配はいらない」
 ジュール邸であれば、神官の生活について理解をしているものもいるからな、とアスランはさらに言葉を重ねた。
「こちらからは……マリューにでも行ってもらうか」
 フラガとセットで……とカガリは頷く。
「その前に、キラの任命式だがな」
 それが最優先だ……と言う彼女に、アスランも同意を示す。
「いっそ、ハルマ様にもご同行頂いてもいいかもしれないな」
 そして、こうも付け加えた。

 翌日、アスランもオーブを離れプラントに帰る。
 それは、最初から予定通りのことだ。
「父上の反応については、後で連絡を寄越す。そうだな……キラの任命式には俺は参列できないかもしれないが、その時は、イザークだけでも参列させる」
 その時までにできる準備は進めておこう……とカガリへと囁く。
「わかっている。洗い出しだけなら可能だからな」
 キラにしても、そう長い期間、プラントにいられるわけではないのだ。そう考えれば、一気に全てを終わらせてしまうしかない。そのための下準備は今からでもできる、とカガリは微笑み返してきた。
 もっとも、自分たちの会話を耳にしているものはほとんどいないだろう。
 だから、他の者達からすれば、婚約者同士が別れに際して何やら談笑しているようにしか見えないのではないか。アスランはそう思う。
 だが、自分たちの関係は、他人の想像とはまったく異なっていると言っていい。
 もっとも、当初の目的とも違っていると言っていいのではないか。
 そんな気持ちすらしてくる。
「どうかしたのか?」
 カガリが問いかけてきた。
「いや……最初はお互いに余計な結婚話が持ち上がらないための婚約だったはずなんだがな」
 だんだん、意図が違ってきているような気がする……とアスランは偽らずに口にする。
「それはしかたがないだろう。お互い、守りたいものが一致しているんだからな」
 そういう関係もあるのではないか、とカガリは笑う。
「確かにな」
 国と同じぐらい大切な存在が共通なのであれば、いいのか。アスランも頷く。
 それで、国を危険にさらすなら問題だろうが、そういう状況にはならないだろうという自信もある。
「では、またな」
「あぁ。次に会える日を楽しみにしている」
 言葉とともに、アスランは馬の鐙に脚をかけた。
「今度は、個人的事情でやってこい」
 歓迎してやる……とカガリは口にする。
「そうだな。その時はお前の部屋にでも泊めてくれ」
 冗談交じりに言い返すと、アスランはそのまま馬にまたがった。


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