「ずいぶん、楽しそうだったな」
 アスランがこう言ってくる。それにミゲルは笑みを返した。
「ムウ・ラ・フラガとその奥様と酒盛りの約束をしてきただけだって。あぁ、場所はキラ様が提供してくれるとさ」
 あの人と個人的にお知り合いになっておくのはいいことだろうと判断したのだ、と付け加えれば、アスランは少し考え込むような表情を作る。
「キラがお前達を一晩貸して欲しい、と言ってきたのは、そのことか?」
 この問いかけに、ミゲルは笑みを浮かべた。
「多分な。あの人はあの人なりに、いろいろと考えているんだろう」
 そして、その考えは間違っていない。もちろん、神官としてのそれが基本だから、ミゲルにしてみれば『甘い』としか言えない事も多い事は否定できないが。だが、それでも、自分たちが見失ってくれていることを指摘してくれると考えればいいだろう。
 だが、今回のことはありがたいかな……と心の中で微苦笑を浮かべる。
「で、何と答えられたのですか、殿下」
 わざとらしいセリフに、アスランは苦笑を作った。
「添い寝のためなら俺が行くが……と言ってやったが?」
 即座に『冗談はやめておいてね。カガリに殺されるよ』と言い返されたが、とアスランは苦笑を深める。この場合、殺されるのがどちらかなのかは、あえて聞かなくても想像が付いてしまった。
「まぁ、貸し出しを渋る理由はないからな。許可を出した」
 ただし、キラに不埒なマネはするなよ? とアスランは付け加える。
「わかってるって……あぁ、いっそ、ラスティとディアッカも連れて行きたいんだが……」
 飲み会だと、イザークとニコルは除外しておいた方が良さそうだしな……とミゲルは笑う。
「確かに、な」
 身内だけならばいいが、他の国の人間がいる前で彼等に酒を飲ませるのはまずい。まぁ、イザークの場合、早々につぶれてくれるだけだからまだ罪がないのだろうが、問題はニコルだ。絡むにしても、あれは酷いだろう。そういいたくなる言動を彼はしてくれるのだ。
「まぁ、俺の方も一人になるわけにはいかないし……そういえば、あいつらも納得するだろう」
 もっとも、キラのところでやる宴会だと言えばイザークは行きたがるだろうが。意外なほどに、彼はキラを気に入っているようだ。
「だな。いろいろな意味で、フラガと腹を割った話し合いはしておいた方が良さそうだからな」
 そうすれば、後々、情報のやりとりがしやすいだろう。個人的にあれこれ、できるだろうしな……と付け加えれば、アスランはますます苦笑を深めた。
「そういう意味か」
「いや。個人的にもいろいろと話をさせて頂きたいんだけどね。でも、あちらも俺も、やっぱり、主持ちだからな」
 それは捨てられない。そういいきればアスランは小さなため息をつく。
「……だから、俺たちはキラが好きなんだよ」
 キラだけが、自分たちをただの人間としてみてくれるから……とアスランは呟く。もちろん、それはキラがカガリと双子の兄弟だから事だともわかってはいるが、とも付け加える。
「わかっているって。アスランはもちろん、カガリ様はもちろんキラ様も守りたいから、俺たちは動くんだって」
 キラもそれがわかっているからこそ、協力してくれているんだろう……と言えばアスランはようやく納得したようだ。
「ともかく……キラに迷惑をかけないでくれよ?」
 あまり飲ませるな、とも念を押してくる。
「大丈夫。マリューさんも一緒だから」
 適度に止めてくれるだろうな……とミゲルは笑い返す。
「……後は、カガリの乱入だけか、心配なのは……」
 ある意味、ニコルに負けないからな、彼女の酒癖も……と付け加えるアスランに、ミゲルは少しだけ身の危険を感じてしまった。

 もっとも、そんなことはなく、無事に朝日を拝めた事は事実だ。

 つつがなく――と言っていいのだろうか――戴冠に伴う行事も全て終わった。そうなれば、招待客もその他の者達も帰っていく。
 最低限の者達の前であれば、いつまでも取り繕っていなくていいよな……とカガリは心の中ではき出す。
「……ご苦労様、カガリ」
 そんな彼女に、キラが言葉とともに抱きついてきた。
「キラも、な」
 精神的に辛かったのではないか。そう思いながら、回された手にそっと自分のそれを重ねる。
「いつ、あちらに戻るんだ?」
 今度は、キラの任命式の準備があるのだ。いくらいて欲しいと思ってもいつまでも王宮の方に引き留めるわけにはいかない。
「明日のお昼、かな。そのくらいだと、きっとみんなの邪魔にならないはずだから」
 朝だとあれこれ忙しいし、夜は夜でしなければいけないことがあるから……とキラは小さな笑いとともに付け加える。
「でね……離宮にあるお菓子、もらっていっていい?」
 みんなと食べたいから、とキラは可愛らしいおねだりを口にした。
「それじゃ足りないだろう? 料理長に頼めば、喜び勇んで作ってくれると思うぞ」
 キラのためだと言えば、彼は嫌と言わないだろう。むしろ、あきれるくらい作るに決まっている、とカガリは考える。もちろん、自分がそうして欲しいのだが、とも心の中で付け加えた。
「でも、僕のために手間をかけさせるわけにはいかないし……」
 仲がいいみんなだけで食べるから、大丈夫だよ……とキラは言い返してくる。
「そうか?」
「うん。まだ、たくさんあるし」
 だから、大丈夫……と言われてしまえば、納得するしかない。
「足りなかったら、連絡を寄越すんだぞ」
 でなかったら、押しかけるからな……と付け加えればキラは苦笑を浮かべた。
「ウズミ様達にご迷惑をかけないでね」
「キラ……お前な」
 くすくすと笑いながらこう言い返す。
 その時だ。もう一つの笑い声が耳に届いた。
「……アスラン……」
「声はかけたんだが、聞こえなかったようだな」
 カガリが文句を言う前に、彼はこう口にする。
「まぁ、用事はすんだようなものだが」
 さらに付け加えられた言葉に、カガリは思わず顔をしかめた。一体どこから話を聞いていたのか……と思ったのだ。
「俺の方は、明後日においとまの予定だからな。キラを見送れるか」
 それはそれで嬉しいことかもしれない……と彼は笑う。
「相変わらず、性格が悪いな……」
「お前の婚約者だからな」
 即座に返された言葉に、カガリの機嫌はさらに悪くなる。
「ダメだよ、カガリ。アスランも」
 しかし、キラのこの言葉でお互いにあっさりと引き下がった。こうなると、やはり自分たちの中で最強なのはキラかもしれない。そんなことを考えてしまうカガリだった。


INDEXNEXT