カガリの戴冠に伴う行事は、その後、つつがなく進められた。もっとも、その間、キラの側にはマリューだけではなくフラガも付けられていたが。それはきっと、オムニの行動を懸念してのことだろう。 だが、さすがにこの状況でキラに手を出すほどあの国はバカではなかったと言うべきか。 それとも、まだカガリとの婚姻を諦めていないのか。 どちらが正しいのかは、キラにもわからない。 だが、オムニという国が世界を手に入れようとしていることだけは間違えようのない事実なのではないか、ということだけはわかっていた。 「……大丈夫なの、かな?」 穏やかな表情で使者と談笑しているカガリを見つめながらキラはこう呟く。 この場には多くの貴族や使者がいる。だが、その中にオムニの使者はいない。そして、そのことに疑問を挟むものがいないことが、ある意味異様に感じられてならないのだ。 もっとも、あれだけのことをしでかしたのだ。どのような視線が――多くはオーブの貴族達から――向けられるかわかっているだろう。それよりは、早々に帰国した方がマシだと考えたのではないか。一番重要な儀式は既に終わっているのだし、とそうも考える。 だが、いったいカガリ達はどうするつもりなのか。 神官になる身だったからとはいえ、政治向きのことをまったく学んでこなかったのは失敗だったかもしれない。今更ながらではあるが、そんなことも考えてしまう。 「せっかく可愛いんだから、そういう表情はやめておけって」 そんなキラの耳に最近聞き覚えた声が届いた。 「ミゲルさん」 「ミゲルでいいって……」 そういいながら、彼は飲み物を差し出してくる。それを反射的に受け取ったキラは、中身が酒ではないことに安堵をした。 飲めないわけではないし、このような場では飲まずにいられないと言うこともわかっている。だが、キラとしてはそれよりも果汁を絞っただけの飲み物かお茶の方が好きなのだ。 「ありがとうございます」 それをキラは微笑みとともに受け取った。 「アスランがな。こっちの方が好きだって言っていたからな」 それに、やっぱり話し相手がいた方がいいだろう? と彼は笑う。 「すみません」 フラガやマリューもいるのにと思いながらもキラは頭を下げる。 「気にするなって。俺個人としてもいろいろと話したいしな……って、まずい。敬語を忘れていたぞ」 頼むから、アスランには内緒な……と付け加える彼にキラは心配いらないというように微笑み返す。 「神殿では、一部の方をのぞいてみな、敬語なんて使いません」 自分としても使って欲しくないし、とキラは付け加える。 「そういうことをおっしゃられるから、この人がつけあがるんですわ、キラ様」 今ですら、気を付けないとカガリに対しても敬語を忘れるのに……と言いながら、マリューがフラガへと視線を向けた。 「一応、公式の場では気を付けているぞ。私的な場では、かまわないとも言われているだろうが」 「それで、キサカ殿はもちろん、トダカ殿達にもイヤミを言われるわけね」 もっとも、貴方の評価だからかまわないけど……とマリューは言い返す。それが本音だとは誰も思っていない。 「マリュー……お前までそういうことを言うなよ」 しかし、フラガは真顔でこう言い返している。 「注目されるでしょ、恥ずかしい」 そういうことは、二人きりの時にやりなさい……とマリューはあきれたようにため息をついた。 「……二人きりってなぁ……」 二人きりになれる時間がいつ来るのか……と彼はさらに言葉を重ねる。 「……ごめんなさい……」 それはきっと、自分がここにいるからだろう。そう思った瞬間、キラの唇からこんなセリフがこぼれ落ちる。 「あぁぁぁぁ、そういうつもりだった訳じゃないんだが……」 慌ててフラガがこう言ってきた。 「っていうか、マリューがキラ様をお守りしたいという気持ちは当然のものだし、俺も許可を出したんだから、いいんだって……」 それよりも、問題なのは普段の生活な訳で……と言う彼の言葉が、次第にしどろもどろになっていく。 「わかりましたから」 くすくすと笑いを漏らしながら、キラは頷いて見せた。本当に彼らはみなに慕われているんだなとも思う。だから、人が集まるのだろう、とも。 「……どうして、こんな人に人望があるのかしら……」 「そう言う方だから、だと思いますよ」 マリューの言葉に、ミゲルがこう言い返す。 「個人的に、俺としてはフラガさんとはつぶれるまで飲んでみたい気もしますし……あぁ、ラスティとかディアッカあたりも付き合うと言いそうだよな」 いろいろと楽しそうだ……と彼は続ける。 「あぁ、それはいいかもな。アスラン王子は陛下の御夫君になられるお方だ。その側近の方々と腹を割った付き合いって言うのもいいだろう」 いろいろとな……とフラガも頷く。 「なら、カガリとアスランに言っておきましょうか? 皆さんを貸してくださいって」 自分が使っている離宮でなら、騒がれても誰も困らないだろうし……とキラは付け加える。 「キラ様」 「酔っぱらっていても、フラガさんなら僕一人ぐらい守ってくれるでしょう? それに、ミゲルさん達は信頼できるから」 そうしても大丈夫だって、自分の直感が告げている……と微笑めば、しかたがないというようにマリューはため息をつく。 「そういう心配をしているのではありませんわ。問題なのは、会話の内容です」 とてもキラに聞かせられないような会話が飛び交うのではないか、とそれが心配なのだ、と彼女は付け加えた。 「……その前に退散するよ。でなかったら、寝るかも」 すぐ酔っぱらって寝ちゃうんだよね、とキラは苦笑をとともにはき出す。 「大丈夫。そうなったら、きちんとベッドに運んでやるって。添い寝はしないから」 床に転がっている可能性はあるけどな……とフラガも笑う。 「あぁ、それはあるかもな。時々やるんだ」 気が付いたら、その場でつぶれて、明け方の寒さで目を覚ますんだよな……とミゲルも頷く。 「まぁ、いいでしょう。でも、その時は、私も立ち会わせて頂きますからね」 マリューがこう宣言をした瞬間だ。フラガが妙なうなり声を漏らす。 「フラガさん?」 「……言いたくないが、こいつは俺よりも強いぞ……」 つぶれたところを見たことがない。そういうフラガの言葉に、ミゲルがマリューに尊敬の眼差しを向ける。 「本当に言わなくていいことばかり口にする人ね!」 その瞬間、マリューがしっかりとフラガの足を踏みつけていた。 |