謁見の間から何かざわめきが伝わってくる。 「……何かあったか?」 ミゲルが小声でこう囁いてきた。 「先ほど入られたのは、オムニの使者でしたね」 ならば、何かあったのかもしれない……とニコルも頷いてみせる。 「見てきましょうか?」 そして、彼はこう問いかけてきた。 「いや……それはやめておいた方がいいな……」 いくら自分がカガリの婚約者とはいえ、オーブの国政に立ち入れる立場ではない。だから、呼ばれるまでは待機していた方がいいだろう、とアスランは思う。 もちろん、だからといって気にならないわけではない。 先ほどのカガリの声は、キラの名前を呼んだのだ。と言うことは、何かあったのはカガリではなくキラの方だと言うことにはならないだろうか。 しかし、今回の謁見でキラに負担がかかるようなことはあるのか、とそう思う。 「……アスラン様」 そんなことを考えていたときだ。不意に背後から声がかけられる。視線を向ければ、ジュリが物陰から自分を手招いているのが見えた。 「……何かしたのか?」 さりげなく歩み寄りながら、アスランはこう問いかける。 「キラ様が倒れられましたので……できれば、お側にいて上げてくださいませんか? カガリ様は、まだ当分謁見の間から動けませんので……」 ウズミやハルマも同様だ。彼等以外で信頼できる人間と言えばアスランしかいないし、と彼女は続ける。 「それはかまわないが……何かあったのか?」 自分を信頼してくれるのはありがたいが、だからと言って蚊帳の外に置かれるのは気に入らない。言外にそう含めながら、アスランは問いかけた。 「オムニの王が、カガリ様に求婚をしたんですわ。断られたら、今度はキラ様でもいいなんて暴言を吐いてくださりましたのよ」 まさか、そこまでのことをしていたとは予想もしていなかった。 アスランは呆然としてしまう。 「でも、とはなんだ、でもとは……あの方は女神のご加護を受けておられるのに」 キラ個人に敬意を感じて、なおかつ、その存在を望むのであればともかく……人質とできるから欲しい、というのは違うだろう、とイザークは憤りを隠さない。 「落ち着け落ち着け」 そんな彼をディアッカがなだめている。 「すまないな。こいつはジュール家の跡取りなんだよ」 目を丸くしているジュリに向かってミゲルがこう囁いた。 「あぁ……そうでしたか」 それだけであっさりと納得してくれる、と言うことは、彼女もエザリア・ジュールとその夫の恋愛話を知っているのだろう。説明が必要がないのは楽なのだが、別の意味で厄介かもしれないな、とそうも考える。 もっとも、今この状況でそんなことを口にするような相手ではないだろう。 「キラは?」 優先すべきなのはあの存在のことだ。 そう思い直して彼女に問いかける。 「こちらです」 ジュリもアスランの言いたいことがわかったのだろう。微笑むと歩き出そうとした。 「ちょっと待ってくれ」 こう言うと、アスランは視線を部下達に向ける。 「ミゲルとイザークは付いてきてくれ。他の三人は、悪いがここで情報集めを頼む」 本当はミゲルも情報収集の方が向いているのだろうが、かといってディアッカではイザークを止められるかどうか。そう考えると、この組み合わせになってしまう。 「頼んだぞ、ラスティ」 居残る者達の中では最年長の人間に声をかければ、 「わかっている。オムニと仲が良さそうな連中を捜しておけばいいんだな?」 で、さりげなく内容も聞いていればいいんだよな? とこう返してくれる。 「あぁ、頼む」 これならば、任せておいても大丈夫だろう。 「すまなかったな」 そんなことを考えながら、アスランはジュリに声をかけた。 「いえ。当然のご判断ですから」 でも、後でこっそりと教えてくださいね……と彼女はさりげなく付け加える。 「あぁ。とは言っても、ウズミ様も動き出されておられるようだが」 さりげなく、オーブの騎士達も人々の中に散らばっていくのが見えた。もっとも、彼等は何があったのかを答えるだけで精一杯なのかもしれない。 「それで……何とごまかすんだ?」 キラのことは……とアスランは歩きながら問いかける。 「あの方は普段、人前にでられることはありませんから。それを理由にさせて頂きます」 大勢の人に会われことが神官であるあの方には負担になったのだ、と告げるのだ……と彼女は言葉を返してきた。 「少なくとも、オーブの人間や女神の存在を信じる方々で疑うものはおられないはずですから」 問題は、逆にそのせいで注目を浴びることになるかもしれない。それでも、神殿にいる限り、キラの安全は守れるのではないか。そう判断したのだ……とジュリは続ける。 「でなければ、安心できる国に、一度預けるか、だな」 もっとも、そのようなものがあるのかどうかはわからないが……とアスランは苦笑を浮かべた。 「プラント、もな。王家の方々とかジュール家とかならともかく、他の連中がな」 まぁ、キラが来るようなときには、責任を持って護衛に付かせて頂きますが……とミゲルは笑う。 「もちろんだ。その時は、ジュールも全力であの方を守る」 イザークも即座に口を開いた。 「お前達……あくまでも可能性の話だぞ」 だが、オムニの出方次第では現実になるかもしれないが。その時のために父をはじめとした者達に根回しをしておいた方がいいだろうな、とアスランは心の中で付け加えていた。 |