火種を隠しながらもカガリの戴冠式はつつがなく行われた。
 さすがは女王を頂く国、と言うべきだろう。彼女が身に纏っている衣装は見事という一言だと言っていい。
 そして、その隣にさりげなくたたずんでいるキラの衣装もまた、彼女に負けないものではあった――もっとも、白地に白い装飾であったが故に、遠目にはそう気づくものはほとんどいなかったかもしれない――それでも、二人が並んで立っているとそれだけで周囲の雰囲気が明るくなる。それは、彼女たちが幼い頃から変わらない事実ではあった。
「……キラ。疲れたなら戻っていいぞ」
 普段、限られた者達とだけ接しているからだろうか。さすがに、これだけの人数がいる場所にいると気疲れをしてしまう。
 それを察してくれたのだろうか。カガリがこう声をかけてきた。
「大丈夫だよ。せっかくのカガリのお祝いなんだし」
 後しばらくはここにいるよ、とキラは微笑み返す。少なくとも最初の謁見が終わるまでは、と付け加えれば彼女は心配そうな視線を向けてきた。
「無理はするな。お前の立場は、みなわかっているからな」
「でも、それに甘えるわけにはいかないでしょう?」
 自分たちがそろってここにいることが人々の心に安堵感を与えていることが伝わってきている。だから、とキラはさりげなく付け加えた。
「本当にお前は……」
 カガリは小さなため息をつく。
「カガリ。次の人が来たよ」
 そんな彼女に向かってそう囁いた。その瞬間、彼女は見事な微笑みを口元に浮かべる。この切り替えはさすがだよな……と思いながらも、キラもまた穏やかな微笑みを口元に刻んだ。
 しかし、カガリの前に進み出てきた使者を見た瞬間、その微笑みが強ばる。
「オーブの新女王陛下にはこのたびの戴冠、お喜びを申し上げます。本来であれば、我が王がお祝いの言葉を申し上げに足を運ぶべきと存じてはおりますが……諸般の事情により、女王陛下への親書と、私めが承りましたお祝いの言葉のみでお許しいただけますよう、お願い致しまする」
 言葉も態度も丁寧だ。
 それなのに、何か違和感を感じてしまう。
 それはどうなのだろうか……とキラは心の中で呟く。
「その言葉、ありがたく受け取ろう。ゆっくりされていくがよい」
 他のものたちと同じようにカガリは言葉を返す。それは言外に下がってよいという合図のはずだった。だが、相手はその場から動こうとはしない。
「さらに、新女王陛下には我が国とオーブとの友好を深めるために、我が王との婚姻について考えて頂きたいと……」
 そして、こんな言葉を使者は口にする。
 どうしてこの場でそのような言葉を口にするのだろうか。
 カガリの指先がぎりりとイスの肘掛けを掴む。それでも、口元に微笑みだけは浮かべていた。
「残念だが、オムニの使者よ。我が身は既にプラントの王子との婚姻が決まっておる。その言葉は受け入れられぬ」
 退出されよ、と堅い口調でカガリは命じる。
 しかし、それでも使者はその場を動こうとはしない。
「……プラントとの友好も大切でしょうが、我が国も力を伸ばしております」
 どうやら、オムニは意地でもオーブとの婚姻関係を結びたいのだろう。それが、新興国であるオムニの存在に箔を付けると思っているのだろうか。
「もし、女王陛下との婚姻がかなわないのでしたら、そちらの方はいかがでしょうか」
 カガリのご兄弟なのであれば……と口にしたところでとうとうカガリの堪忍袋の緒がきれてしまった様だ。
「キラは神官だぞ! 我が国では、女王である私と同等の地位を得ている。いくらオムニよりの使者とはいえ、今の言葉は聞き捨てならん!」
 しかも、国政に関わるようなことを祝いの席で口にするような無礼な態度は許せん、とも彼女は叫ぶ。
 もっとも、それをとがめるものはオーブの者には誰もいない。
「ご無礼を……申し訳ありません……」
 使者はここで初めて自分が彼女の逆鱗に触れたのだと理解をした。
「今日は祝いの席である故、貴国とのことはあえて何も決めぬ。早々に立ち去られよ」
 カガリは怒りを押し殺しているとわかる口調で相手にこう告げる。
 そんな彼女の怒りをなだめるべきなのではないか。そう思うのだが、何と口を挟んでいいのかが、わからない。
「……御使者殿。御退出を……」
 それどころか、ウズミまでもがこう言うのだ。
 政治のことなどわからない自分が口を出してはいけないような気がする。
 何よりも、キラには別のことが気にかかっていた。
「宰相殿!」
 ぐずぐずと言う使者の体に、何か黒いものがまとわりついている。それが使者の意志を縛っているように感じられるのだ。
 同時に、キラは自分が感じている嫌悪感の正体がそれだった、と気付いてしまう。
「……カガリ……」
 先ほど、あんな事を言ったばかりだが、キラは自分がもうこの場で立っていることも難しいと自覚してしまう。
 人前で倒れる前に、一度下がった方がいいのではないか。
 そう判断をして、キラは彼女の名を呼んだ。
「どうした、キラ……」
 即座に反応を返してくれる彼女に心配をかけたくない。そうは思っても、もうキラ自身が限界だった。
「ごめん、気持ち悪い……」
 小さな声でこう呟く。だから、少しの間席を外してもいい? とさらに言葉を重ねようとした。
 しかし、その言葉は声にならない。
 それどころか、そのままその場に崩れ落ちてしまう。
「キラ!」
 カガリの叫びが耳に届く。しかし、それに言葉を返すことはキラにはできなかった。


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