キラが使っている離宮――と言っていいのだろうか――は、清楚で、それだからこそ居心地がいいと思える。
「ごめんね。さすがにみんな、忙しいから」
 僕だけ、暇なんだよね……と苦笑を浮かべながらもキラはアスラン達を出迎えてくれた。その隣には、今日はアサギともう一人、穏やかな微笑みを浮かべている女性がいる。
「こちらはマリューさん。フラガさんの奥様だよ」
 フラガさんは知っているよね? と付け加えられて、アスランは頷いてみせる。
「あの人には、今までにも何度もお世話になっているからな。しかし、結婚されたとは知らなかったよ」
「……王宮と神殿では大騒ぎだったけどね」
「ひょっとして、神官でいらっしゃったのか?」
「じゃなくて……マリューさんも騎士だよ。神殿の護衛をしてくださっていたの」
 アスランの疑問に、キラは律儀に答えを返してくる。だが、それだけで事情が飲み込めてしまった。
「なるほどな」
 神殿の護衛としてはつとめられないが、カガリの側近としてはふさわしい。そういうことで彼女はここにいるのではないか。そして、現在はキラを守るためにここにいると言うことだろう。
「過保護なんだよ、みんな」
 アスランの言葉を耳にした瞬間、キラはこう漏らす。
「諦めてください、キラ様。このような状況ですから、特に」
 そんなキラに、マリューが苦笑とともに声をかける。その声には親愛の情が色濃く表れていた。あるいは、神殿に行ってからのキラの面倒を見ていたのは彼女なのではないか、とアスランは思う。だからこそ、神殿から下がった後もこちらにいるのかもしれないとも。
「それよりも、せっかくの温かい料理が冷めてしまいますよ」
 さりげなくキラの意識の方向を変えさせる手段は、見習うべきなのかもしれない。そんなことすら考えてしまう。
「そうだね」
 せっかく、力作を作ってもらったんだから……とキラも笑って頷いた。
「アスラン」
 こっち、と手招くキラの後をアスラン達は微苦笑とともに付いていく。
「本当に可愛い方だな、あの人は」
 ミゲルが小さな声で囁いてくる。
「言葉に、裏表がないからでしょうね」
 普段接している貴婦人達が貴婦人達だから余計にそう感じるのではないか。可愛い顔をしているニコルが言うとものすごく違和感があるように思えるセリフだと思うのは自分だけだろうか。アスランは、ついついそんなことを考えてしまう。
「女神に対してはいつでも心を開いているのが神官だそうだからな」
 そんな彼に対し、イザークがきまじめな口調で言葉を返している。
「母上も、そんな父上の態度が気に入られたらしい」
 国王陛下をはじめとしたみなさまもそうなのではないか、という言葉に自分の両親の態度を思い出したのだろう。イザーク以外のものはみな、口元に苦笑を浮かべた。
「父上にしても、それで多少苦労はしているようだが、みなさまのおかげで何とか貴族としての生活を送っているしな」
 少なくとも公式の場では、イザークは笑う。
「ご自宅だと、質素だよな、あの方の生活は」
 幼なじみだからだろうか。ディアッカがこう言って頷いている。
「っていうか、ここもそうだよな。さすがに上質なものだけど、華美じゃない」
 最低限の家具や調度だけしか置かれていないのに、寒々とした印象を与えないのは、その代わりにさりげなく配置されている花や植物があるからだろう。そして、それらが静謐な印象をアスラン達にもたらしてくれているのだ。
「何よりも、キラ様の存在だけで十分華やかだし。それに、先ほどのフラガ夫人をはじめとした女性陣が彩りを深めているからな」
 眼福だよな、とラスティが笑う。
「否定できないな、それに関しては」
「貴様ら! 聞こえていると自覚しているんだろうな」
 その言葉に慌てて視線をキラ達に向ければ、口元に笑みが浮かべられているのが見えた。
「大丈夫、気にしていないから」
 それよりも着いたよ、と付け加えるキラに、誰もが苦笑を返すしかできない。
「好きなところに座って。ここだけは格式その他は無視してくれていいから」
 瀟洒な丸テーブルの上には大皿に盛られた料理が並べられている。これも、キラの配慮なのだろう。席も自由に決めていいのであれば、料理はもちろん食器にも毒を仕込むことができない。だから安心して言い、とキラは言っているのではないだろうか。
「すまない、キラ。気を遣わせてしまっているな」
 アスランはこう囁く。
「当然のことだから気にしないで? 本当なら、カガリの役目なんだろうけど、まだ無理だし」
 アスランは兄弟同然だから。そう言って笑うキラに、アスランもまた微笑みを返して見せた。

 食事も終わり、部屋を和やかな雰囲気で会話を交わしていたときだ。不意に離宮の外から騒がしい声が響いてくる。
「……見て参りますから、キラ様はここに」
 即座にアサギが腰を上げた。
「マリューさん」
「わかっているわよ。このお方を外に出さなければいいんでしょ?」
 目を離すとどこに行かれるかわからないから、ちゃんと見張っているわ……と言う彼女の言葉を耳にした瞬間、キラの頬がふくらむ。それを無視して、アサギはさっさと部屋を出て行く。あるいは、そうしなければ押し切られるとわかっているのかもしれない。
「僕だって……」
「普段ならお止めしませんわ。ですが、現在は城内に他国の方も多く来ておいでです。その中には、決して友好的とは言えない方々もいらっしゃいますわ」
 そして、神官の位に何の価値も見いだしていないものも……とマリューは口にする。その言葉の裏に含まれている意味に気付いて、アスランは微かに眉を寄せた。イザークにいたっては盛大に顔をしかめている。
「……プラントだって、神官には尊敬の念を持って接しているのにな」
 民衆には親身になって声をかけてくれる者達が必要なのだ。
 神官達は、正しい行いをしているものの言葉であればどのような些細なことにでも耳を貸してくれる。そして、彼等にとって最適と思える助言を与えてくれた。
 女神の声を聞くことよりも、そちらの方面での力を評価しているのかもしれないが、父ですら、神官達には一定の敬意を示しているのに、とアスランは思う。
 だが、逆に言えば自分たちがここにいてよかったのではないか。そうも考える。
 自分の婚約者はカガリだ。そして、キラはその兄弟。
 だから、自分が彼女を守るのは当然だろう。
「……世界は……変わっていくのかな?」
 でも、どんな方向に……とキラが呟く声がアスランの耳に届いた。

 それが、オムニからの使者が強引にキラに面会しようとして引き起こした騒ぎだったと、彼等が知ったのは自分たちに与えられた離宮に戻ってからのことだった。


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