ミーアがレイを引っ張っていったのは、王宮の奥にある小さな庭だった。
 そこでは柔らかな花が風に揺れている。
「みーあがね、おせわしているの」
 胸をはりながら、彼女はこう言った。
「凄いね」
 レイは素直に言葉を口にする。
「これは……ウコンかな? こちらはカタクリか」
 他にも様々な植物が見事なバランスで配置されていた。しかも、どの花々もきちんと手入れされている。
 もちろん、ミーア一人で出来ているわけではないだろう。それでも、彼女も間違いなく手を加えているはずだ。
 何よりも、とレイは続けた。
「みんな、薬草なんだね」
 綺麗と言うよりも可憐な花をつけるそれらの植物の共通点は、葉や根が薬になると言うことだ。
「だって、きらさまはごじぶんのやくそうえんをもっていらしゃったのでしょう?」
 それで多くの人を助けていた。
「とうさまがそうおしてくれたの」
 だから、自分も同じように薬草をたくさん増やしてみんなのために使えるようにするの……と彼女は微笑む。
「そうか」
 そう言えば、ラウも同じようなことを教えてくれた。
 それがあの《禁域》に捕らわれている姫君のことだ、と言うこともだ。
 彼女のそんな態度に尊敬の念を抱いていたことも否定しない。しかし、それ以上のことをしようとは思わなかった。
 しかし、この小さな少女は違ったらしい。
「ミーアは頑張っているんだな」
 凄いね、と微笑みかける。
「ほんとう?」
 その瞬間、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「みーあ、がんばるの。おかあさまのようにつよくなれそうにないから」
 そして、ギルバートのように青磁に向いているとは思えない、と皆が言っている。だから、せめて薬草のことだけは詳しくなりたいのだ。そうも彼女は付け加えた。
「大丈夫だよ。ミーアは優しいから」
 植物には人間の優しさが伝わるんだ、と聞いたことがある。だから、ミーアが毎日頑張って世話をすれば、これらの花々はその気持ちに応えてくれると思う。
 淡々とした口調で告げられるこの言葉にミーアは嬉しそうに頷いて見せた。
「それでね。ほんとうはおとうさまにまっさきにみせようとおもったの」
 でも、今はいないから、レイに一番最初に見せてあげる。
 言葉とともに、ミーアは彼の手をひき、さらに奥へと進んでいく。
 その奥には草ではなく木が植えられている。
 その中に、一つだけ花をつけているものがあった。
「……これは……」
「おとうさまがくれたの。きのう、おはながさきそうだったから、おとうさまにみせようとおもったんだけど……」
 お出かけしちゃったから、とミーアは悔しそうに告げる。
 だが、レイはその花から目を離すことはできない。
 確か、この花がラウの紋章だったのではないか。だから、あの日から、どこにも見られなくなったのだ。そう彼は言っていた。
 しかし、それをギルバートは王宮で大切に育てていてくれたのか。
「……でも、ギルの木がないな」
 確か、これと対になるような木があったはず。レイはこう呟く。
「おとうさまの?」
「あぁ……ギルが使っている紋章の元になった木がある。それはここにはないな、と思ったんだ」
 自分が住んでいた家の回りには植えられていたのに。そうも続ける。
 あるいは、それはラウがギルバートを大切に思っていたからではないか。
「……みーあ、それほしい」
 どこに行けばあるのかな? と彼女は首をかしげる。
「園丁さんに聞いてみればわかるだろうな」
 もしなかったとしても、自分たちの家へ戻れば見つけられるはずだ。
「見つからなかったら、俺が探してきてやろう」
 ギルバート達の許可を貰って、だが。そういってレイは微笑む。
「やくそくよ?」
「あぁ」
 頷いてやれば、ミーアもまた微笑み返してきた。



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