「ギル」
 失礼します、といいながらレイがギルバートの執務室へ足を踏み入れたときだ。初めて、彼が武具を身につけている光景を目にすることになった。
「あぁ、レイ。すまないね」
 後にしてくれるかな? とギルバートは苦笑と共に告げる。
「何かあったのですか?」
 レイは微かに目をすがめながら問いかけた。
「ミーアとの約束を破らなければいけないような……」
 この言葉に、彼は小さく頷いてみせる。
「夜盗が暴れているらしくてね。その地を守っていてくれた騎士が命を落としたらしい」
 最初から自分に従っていてくれた数少ない血縁だったのに、とどこか悔しげな口調でギルバートは続けた。
「そういうことだからね。すまないが、ミーアには君から謝っていてくれるかな?」
 埋め合わせはするよ、と言われてレイは小さく頷いてみせる。
 本音を言えば、連れて行って欲しい。しかし、今の自分では足手まといにしかならないこともわかっていた。だから、その言葉を飲み込む。
「ご無事で、お戻りください」
 代わりにこう告げる。
「もちろんだよ」
 何があっても絶対に死ぬようなことはないから、と彼は微笑む。
「それに……ひょっとしたら君の友達が増えるかもしれないね」
 と言うことは、その亡くなった騎士には子供がいると言うことだろうか。
 その子供がギルバートの望む条件を満たしていたら自分はどうなるのだろう。不意にそんな疑問がわき上がってくる。
「もっとも、あちらがそれを望めば、の話だよ」
 それに、と彼は微笑む。
「たとえその子達が王宮に来たとしても、君と私たちが過ごした時間がなくなるわけではないからね」
 自分たちにとって、レイは既になくてはならない存在なのだ。彼はそういってくれた。
「……ギル……」
「君がいなくなったら、ミーアが悲しむ。何よりも私が困るからね」
 だから、あまり余計なことを考えないように。ギルバートはそう続ける。
「わかりました」
 釈然としない気持ちは残っていた。それでも、ギルバートがそういってくれるのであれば、自分はそれを信じるしかない。
 だから、とレイは静かに頷いてみせる。
「いいこだね、レイは」
 それに満足そうな微笑みと共にギルバートはレイの髪の毛を撫でてくれた。
「君がいてくれるから、私は安心して城を後に出来るのだよ」
 だから、後を頼むよ。この言葉に、今度はしっかりと頷いて見せた。

「……つまらない」
 ギルバートの背中を見送りながらミーアがこう呟く。
「ミーア」
 ダメでしょう? といいながら、タリアが娘の髪をそっと撫でている。
「だって、おかあさま」
「お父様はお仕事なのよ?」
 だから、我慢してね……と彼女は続けた。
「……おしごとなら、がまんする」
 まだ幼くても、ギルバートの仕事が大切だと言うことはわかっているのだろう。ミーアは小さな声でこう呟く。
「いいこね。だからきっと、お父様はお仕事が終わったらおみやげを探してきてくれるわ」
 それを待っていましょう? と口にしながら、タリアはミーアの体を抱き上げる。
「……はい」
 でも、今日がよかったの……とミーアは小さな声で付け加えた。
「俺でよければ、付き合うが?」
 そんな彼女に向かって、レイが問いかける。
「ほんとう?」
 途端に、ミーアの表情が明るくなった。
「あらあら」
 その顔を見て、タリアが小さな笑いを漏らす。
「ひょっとして、ミーアはお父様よりレイの方が好きなのかしら」
「だって、おとうさまはおかあさまのですもの」
 だから、ミーアはレイの方が好き。そう付け加える彼女に、周囲から笑いが漏れた。



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