「……力を失ったのは、王家の血が薄まってしまったから、と言う理由もあるのかも知れないね」
 ゆったりとした家族だけの時間。レイを隣に座らせながら、ギルバートはゆっくりと話し出す。
「君は、ラウから《禁域》にいる姫君の話を聞いたことがあるかな?」
 この言葉に、レイは静かに頷いてみせる。
「森の中の姫君に、一度だけ会ったことがあると」
 その言葉に、ミーアが興味深そうな視線を向けてきた。しかし、それに気付いているはずのギルバートは小さく頷くだけだ。そのまま、彼はさらに言葉を口にし始めた。
「私たちは、あの方をあの場から解放して差し上げたかったのだよ」
 多くの者達のために一人だけが犠牲になる。それは王族であれば当然のことだ。
 しかし、と彼は少しだけ表情を曇らせる。
「あの方がお一人で過ごしている時間は、我々が想像している以上に長い。人々が女神の奇跡を忘れるほどに、だ」
 だから、そろそろ解放されてもよいのではないか。
「あの方を解放することが出来るのは、王家の血を引くものだけだと伝えられている」
 しかし、自分には国を守る義務がある……と告げたギルバートの声音に、悔しそうな響きが滲んでいるような気がしたのは錯覚だろうか。
「そして、私たちの子供はミーアだけだからね」
 それに関しては何の不満もない。そう続けながらギルバートは視線を娘へと向けた。その眼差しがとても優しい。
「……陛下……」
「本当だよ、タリア。この国で女王は珍しくない。大切なのは民を思いやる心を持っているかどうか、だからね」
 それに関しては、タリアの教育を疑うつもりはない。そういってギルバートは微笑みを深める。
「国のためにはそれで十分。あの方のことに関しては、私のワガママだしね」
 ワガママと言えば、と彼はふっと首をかしげた。
「この城に、多くの王族達が集まり、共に暮らしていく。それもワガママかな?」
 だが、そうすることで国のためになるかもしれない。お互いにいがみ合う必要はないだろう、と彼は続ける。
「あの時の一件で、行方がわからなくなっている親族も多い。そういう者達が皆、戻ってきてくれればいいのだが」
 レイのように、とギルバートはまた視線を彼へと戻した。
「陛下」
「ギルでいい、と教えたよね?」
 君にはそう呼んで欲しい、と彼は続ける。
 しかし、そんなことを出来るはずがないだろう。
 救いを求めるようにレイはタリアへと視線を移動させた。
「その人のワガママで、今、一番叶えられるのはそのことね」
 だから、構わないでしょう……と彼女までもが言葉を口にする。
「部下や妻ではなくて、友達が欲しいのよね」
 もっとも、レイでは若すぎるような気がするが。苦笑と共にタリアは言葉を重ねた。
「まぁ、いつまでも若いつもりでいたいと言うことなのかしら?」
 さりげなくきついセリフを言われたような気がするのは錯覚だろうか。
「……れいはみーあのおうじさまなのに……」
 その瞬間、ミーアが頬をふくらませた。
「おやおや」
「もちろんよ、ミーア。でも、お父様にも貸して上げてね」
 貸し出される側としては認めていいのだろうか。
 それでも、三人の絆がうらやましいと思う。
「……おとうさまだから、がまんする」
 でも、ミーアのだから……と彼女はさらに言葉を重ねた。
「おやおや。レイのことを頼まれたのは私なのだけどね」
 お姫様にはかなわないのかな? とギルバートは苦笑を浮かべる。
「でも、それならミーアはレイに好きになってもらえるように努力をしないとね」
 断る権利は彼にあるのだから、とそう付け加えた。
「みーあはおとうさまのこどもなのに?」
「だから、だよ。無理矢理好きになってもらっても意味がない。お父様だって、お母様に結婚してくれるまでが大変だったのだからね」
 ミーアも一人の人間として好かれるように頑張らないといけないよ。その言葉に、彼女はむぅっと唇を引き結ぶ。
「わかりましたわ」
 ミーアは頑張ります。
「だから、れいはぜったいにみーあをすきになってくださいね」
 そんな彼女に、苦笑を返すしかできないレイだった。



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