キラは静かに暮らしている。
 もちろん、その傍にシンがいることも多い。しかし、シンはシンでシンは今までと変わらず、領地内を巡回している。それは、彼の立場上、しかたがないことだろう。
 その間は、ミーアとマユがキラの側にいるのは、もう、日常になりつつある。
 もちろん、キラの知らぬ所ではあれこれ騒動はあった。
 当然、その騒動の大本は神殿だ。だが、ギルバートの根回しが徹底していたのか。彼等がキラに接触をすることは出来なかった。
 居場所がわからないからか。シンも捕まえられていないらしい。
 そのしわ寄せがどこに来るかと言えば、城にいることが多い自分とギルバートにだ。
 もっとも、それが悪いわけではない。
「むしろ、その方がいいだろうな」
 シンでは、最終的に押し切られてしまう可能性がある。だが、自分やギルバートなら、その可能性は格段に低い。
「伊達や酔狂で、陳情の相手をしているわけじゃない」
 海千山千の強者どもを相手にしているのが楽しいから、やっているということも否定はしないが、とレイは付け加えた。
 だが、シンは違う。
 彼の場合、民衆の声を拾い上げてくることを自分の役目と認識し始めていることもある。何よりも、彼の性格では駆け引きは無理だろう――もちろん、悪い意味ではない――と思うのだ。
 逆に、自分はそんな風に民衆と交わることが出来ない。向こうの方も同じように壁を作ってしまう。
 それはどうしてなのか、とシンに聞いたことがある。
『それは、まさしくレイが王子さまって容姿をしているからだろう?』
 だから、女性陣は見とれてしまうし、男性陣は背筋を伸ばさなければいけないような気がするのではないか。
 彼は笑いながらそう言い返してきた。
『だから、ミーアがお前のことを王子さまと言っても、誰も笑わないだろう?』
 自分が言われたら、絶対にあきれられるに決まっている。
 そう付け加えられたことも、何故か思い出してしまった。
「本当、そう言うところがシンらしいけどな」
 そして、そう言うシンだからこそ、キラが安心していられるのだろう。
 シンもキラの傍にいるときが一番、幸せそうに見える。
「そんなささやかな幸せを望むことを許さないような連中は、徹底的に排除しなければ、な」
 女神も、キラの幸せを祈ってこの世界に彼女を戻してくださったのだ。そんな彼女を、自分たちの利益のために再び、閉じ込めようとすることを彼女が許してくれるかどうか。少し考えればわかることではないか。
「わからないから、今の神殿には女神の声を聞くことが出来る人間がいないのだろうな」
 そう言って、レイがため息をついたときだ。誰かがドアをノックしてくる。
「はい?」
 反射的に言葉を返す。
「失礼」
 こう口にしながら顔を出してきたのはハイネだ。
「何か?」
「バカがまた押しかけているんだが……追い返してもいいのか、と聞きに来ただけだ」
 それとも、話をするか? と彼は問いかけてきた。
「昨日も、ギルに拒否されただろうに」
 本当に学習能力をどこに落としてきたのか。そう言いたくなるな……とレイは呟く。
「下手に追い返すのも面倒だ。とりあえず、会おう」
 もっとも、とレイは続ける。
「いくら押しかけられようと、こちらの返答は変わらないがな」
 たとえ、百回押しかけてこられようと……と彼は言葉を重ねた。
「もっとも、一番手っ取り早いのは、シンがさっさと行動を起こしてくれることだと思うがな」
 さっさと求婚をすればいいのに、とハイネが笑いながら口にする。
「それが出来るようだったら、ここまでお膳立てしてやろうなんて思わない」
 違うのか? とレイは聞き返した。
「確かにな」
 否定はしない、とハイネも頷いてみせる。
「帰ってきたら、尻を叩いてやるか」
 でなければ、自分が先に求婚してもいいよな……と彼は続けた。
「頼むから、そう言うことはやめておいてくれ」
 ため息とともにレイはこう言う。
「シンはともかく、キラさんが混乱しては困る」
「……そう言われてみれば、そうか」
 なら、キラには何も言わずにシンの前でだけ彼女に気がある振りをしておくか。そう言ってハイネは笑う。
「ご本人には、ミゲル・アイマンの遺言だとでも言っておくさ」
 それで納得してもらえるのではないか。そんな彼の言葉に、レイも今度は止めることはなかった。



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