しばらくして、タリアがキラを迎えに来た。その気配が完全に消えたところで、シンが口を開く。
「神殿は何か言ってきていますか?」
 どうやら、彼もその可能性には気付いていたらしい。
「今のところは、何もないね」
 だが、これからもないとは言い切れないだろう。そうギルバートは続ける。
「今の神殿じゃ、キラが幸せになれないのに」
 ぼそっとシンが呟くようにこういった。
「そうだな」
 それにはレイも同意だ。
「あそこでは、キラさんを利用して献金を集めることしか考えないだろうな」
 キラの希望を聞き入れてくれるかどうか。それも難しい。そう続ける。
「そう。だからね」
 ギルバートは微かに眉根を寄せながら言葉を口にした。
「あの方は《禁域の森》に捕らわれていた姫君ではなく、縁があって引き取ったお嬢さん、と言うことにした方がいいだろう」
 名前が一緒なのは、それこそ偶然だと言うことにして……と彼は続ける。
「そうですね。それがいいでしょう」
 いくら向こうがあれこれ言ってきても、皆がそう言いきれば強引な手段は執れないだろう。だから、皆にも徹底しておかないと、とレイは続ける。
「それは心配いいらないよ」
 ギルバートは少しだけ表情を和らげながら言葉を綴りだした。
「君達があちらに行っている間に、しっかりと言い含めてある。それに……彼女の本当の身分を知っているのは、騎士団とタリア達だけだ」
 キラには、タリアが説明してくれているだろう。そうも彼は続ける。
「だから、君達も迂闊なことは言わないようにね」
 城にいる者達は信用できる、とは思うが……とギルバートはため息をついた。誰がどのような繋がりを持っているのかわからないからね。そう続けられた言葉に、二人は頷いてみせる。
 自分たちは知らないが、ここにも神殿と関わりのあるものがいるはずなのだ。そこから話が伝わるのを怖れているのだろう。
「でも、なんて説明すればいいのですか?」
 自分がキラの傍にいる理由はいくらでも説明できるが、とシンは首をかしげながら告げる。
「そのまま話せばいいのではないかな?」
 シンの婚約者候補と言うことでキラを引き取った。もっとも、婚約が成立するかどうかは本人達の意志次第だ。そう説明すればいい、とギルバートは微笑む。
「俺の、ですか?」
「そうだよ。第一、そう言う名目なら誰も余計なことは言わないだろうからね」
 迂闊なことを言えば、キラに断られる可能性が高くなる。そうなった場合、シンが城を出て行ってしまいかねない。そう言えば、誰も何も言わないと思うよ、と彼は繰り返す。
「確かに……」
 シンにいなくなられると、色々と困ることが出てくる。そう考えているのは自分たちだけではないはずだ。
 何よりも、彼もまたギルバートを『義父』と呼べる立場の人間なのだし。
「……何か、ルナ達の反応が怖いけど、な……」
 その口実は口実で、とシンがため息混じりに告げる。
「諦めるんだね」
 彼女たちなりに応援しているのだと思えばいい。ギルバートはそう言うが、どう考えても邪魔をする結果にしかならないのではないか。
「ミーアとマユを味方につけておくしかないだろうな」
 彼女たちなら、ルナマリア達の暴走を止めてくれるだろうから……とレイはシンに助言をする。
「それしかないだろうな」
 マユはきっと味方をしてくれるだろう。だが、ミーアはどうだろうか、と彼は続けた。
「大丈夫だと思うがな」
 ミーアは常々『姉が欲しい』と言っていた。だから、きっと、味方になってくれるだろう。
「シンと結婚をすれば、あの方を『姉』と呼んでも構わないだろうし」
 同じ理由で、マユも味方をするのではないか。
「何よりも、あの方はタリア様とは別の意味でお強い」
 だから、二人とも彼女を尊敬することはあれ嫌わないのではないか……とレイは続ける。
「確かに……きっと二人とも、キラさんを気にいるとは思うけど、さ」
 問題は、気に入りすぎて自分の邪魔をするのではないか。シンはため息とともに口にする。
「それこそ、君が頑張るしかないのだろうね」
 ギルバートの言葉は正論だろう。しかし、それがある意味とどめを刺しているようにしか見えなかったのは錯覚だろうか。
 レイは心の中でそう呟いてしまった。



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