目の前の光景に、キラはここに来て初めて微笑みを浮かべた。 「キラ?」 どうかしたのか、とシンが問いかけている。 「懐かしいな、って思っただけ」 調度は変わっているけど、建物自体は、自分が覚えているままだ。キラはそう言って微笑む。 「そう言えば、ここはアスラン様の頃から変わってないって」 そう聞いたけど、と言いながら、シンが視線を向けてきた。 「本当だ。この本宮と奥宮に関しては、修理以外で手をつけるな、と遺言されている」 アスランだけではなくカガリの署名もあったから、歴代の王達はそれに従ってきたのだ、と言う。 「もっとも、不自由を感じていないからね」 そう言いながら、ギルバートが姿を現した。その手に人数分のカップを乗せたお盆を持っている。 「ギル!」 「義父上、言ってくだされば俺がしたのに……」 レイとシンが慌てて彼からそれを取り上げようと歩み寄った。 「途中でタリアに掴まってね。ついでに押しつけられただけだよ」 だから、気にしなくって言い。そう言ってギルバートは微笑む。 「それよりも座りなさい」 立っていては話が出来ないだろう? とその表情のまま彼は続ける。 「それに、あの方も座れなくて困っているのではないかな?」 言葉とともにギルバートはキラへと視線を向けた。 「僕は、大丈夫ですから」 気にしないで欲しい、とキラは直ぐに言い返してくる。 「それを鵜呑みにするわけにはいかないのですよ?」 何よりも、これだけ環境が変わったのだ。キラが感じていないだけで大きな衝撃を与えられたのではないか。そう彼は続ける。 「そうだよ、キラ! いいから、座れよ」 「でも……」 「いいんだよ。こう言うときは女性は多少図々しくても」 そう言いながら、シンは半ば強引にキラを座らせた。そして、その隣に自分も腰を下ろす。 「レイ」 君も座りなさい、とギルバートが告げてくる。 「はい」 この状況で自分だけ立っているのもおかしい。何よりも、今はキラに余計なことを考えさせない方がいいだろう。彼女には、他に考えなければいけないことがたくさんあるのだ。 そう判断をして、レイは素直に空いている椅子に腰を下ろした。 「とりあえずお飲みください。娘があなたに、と淹れたお茶です」 紹介は、明日させてもらうが……と言う彼に、キラは静かに頷き返してみせる。 「それと、落ち着かれるまでは――いや、その後も、この城でご自由にお過ごしください」 ここであれば、余計なことを言うものはいない。そして、今の世界がどうなっているのか、知ることも難しくはない。 「王立の図書館ほどではありませんが、ここの図書室もラクス様やカナード様の蔵書を含めてたくさんの本があります」 それに、と彼は笑みを深めた。 「シンがお側にいるはずですから、こき使ってやってください」 彼もまた、あれこれ勉強中なのだ。だから、キラの手助けをして図書室に足を運ぶことは彼にとっても有意義なことだろう。そう続ける。 「義父上!」 シンが焦ったようにこう言い返す。 「……本当のことだろう?」 ぼそっとレイが呟くように口にした。 「レイも!」 キラの前でいいところを見せたかったのかもしれない。だが、こういうことは最初にきちんと告げておいた方がいいのではないか。 何よりも、彼女の気持ちを和らげることが出来たらしい。 その頬に自然な笑みが浮かぶ。だが、それは直ぐに消えた。 「でも、僕はここにいるべきではないのではありませんか?」 ギルバート達がアスラン達の子孫なのだ、と言うことは認識している。しかし、とキラは言葉を重ねようとした。 「私たちがあなたにいていただきたいのですよ」 シンがキラを解放しようとしたのもそうだ。そして、自分たちがその手助けをしてきたことも、とギルバートは言い返している。 「あなたを解放すること。そして、幸せになって頂くこと。それは、私たちにずっと受け継がれてきた希望なのです」 だから、キラは気にしないでここでゆっくりと過ごしてくれればいい。 「何よりも、シンがそれを一番望んでいるようですし」 笑いながらギルバートは付け加えた。 「義父上!」 反対に、シンの顔は真っ赤だ。それだけではなく、何故か、キラの頬もうっすらと染まっている。 これは、ひょっとしたらひょっとするのかもしれないな。レイはそう判断していた。 |