事態が大きく動いたのは翌々日のことだった。
「何だ?」
 いきなり、森の木々が光を帯びる。
「わからん」
 だが、何かが起きているのではないか。ハイネはそう続ける。
「きっと、シンが頑張っているんだろうな」
 恋の力は偉大だよな、って事か? と付け加えたのは、彼も混乱しているからだろうか。
「シン……」
 だが、キラの呪縛を解くためにシンが頑張っているのは間違いないはずだ。
 そんな彼の手助けをしてやれない。
 もちろん、それは最初からわかっていたことだ。しかし、その場面に実際に直面するとこんなに歯がゆく感じるものだとは思わなかった。
「無事に戻ってこい」
 たとえ、成功しなくてもいいから……と心の中だけで付け加える。
「あの方にも、お前の気持ちは伝わっているはずだ」
 だから、失敗したとしても責めないだろう。そう続けようとしてレイは思い直す。
 他の者達ならともかく、自分までもが成功を疑ってどうするというのか。
「そうだな。だからこそ、男の意地を見せる時じゃないのか?」
 あいつの場合、とハイネがようやくいつもの口調で言ってくる。
「まぁ、そう言うあいつを応援したい連中はたくさんいるからな」
 と言っても、自分たちは見守っていることしかできないが……とやはり悔しそうな声音で彼も続けた。
「そうですね」
 ひょっとして、これは城の方でも見られるのだろうか。
 そうでなかったとしても、周囲の村の者達はこの異常に気付いているはずだ。
「とりあえず、焦ってあれこれしないように伝令を走らせた方がいいのか?」
 でなければ、厄介なことになるのではないか……とレイは続ける。
「そうだな。その方がいいかもしれない」
 下手に出てこられては自分たちだけでは対処できない可能性が出てくるからな、とハイネも頷いて見せた。
「問題は口実か……」
 何と言えば、皆が納得するだろうか。レイはそう考える。
「俺たちにもわからない。だから、念には念を入れて、でいいんじゃないのか」
 わからないから対策を取れない。だから、大人しくしていてくれ、と言えば納得してくれるのではないか。ハイネはそう言ってきた。
「大切なのは、全てが終わったときに、あの方の姿を他の者達に見られないことだろうしな」
 そうなったら、神殿あたりがものすごくうるさそうだ。そう彼は続ける。
「確かに、な」
 あちらは、最近、女神の声を聞くことができるものが減ってきているらしい。だから、女神をその身に宿すことが出来る《キラ》のことを知れば、何としても神殿へ連れ去ろうとするだろう。
「任せてかまわないか?」
「あぁ」
 大丈夫だ、とハイネは笑う。
「だから、お前はここであいつらを待っていてやってくれ」
 この言葉に、レイはしっかりと頷き返す。そして、視線を森の方へと戻した。

 誰かの優しい手が森をそっと抱きしめている。
 その腕が作り出す輪が狭まっていくと同時に、森そのものが小さくなっていく。
 代わりに残されたのは緑の大地。
 柔らかな草花が、その肥沃さを伝えている。
 そして、その中央に見慣れた背中をレイは見つけた。
 彼は、周囲の全てから守ろうとするかのように、腕の中に小さな人影を抱きしめている。
 今すぐにでも駆け寄りたい。
 しかし、何かがそれを押しとどめている。
 それは何なのか。
 レイが心の中で呟いたときだ。一際強い風が周囲を駆け抜けていく。
 次の瞬間、最後まで残っていた《何か》がその場から消え去った。

 これが、伝説の終わりだった。



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