王宮と言えば、もっと仰々しいところだ、と思っていた。
 だが、予想外に人が少ない。それとも、ここがギルバート達が住んでいる奥宮だから、だろうか。
「あの……」
 それにしても、この部屋は立派すぎるような気がする、とレイは視線をあげる。
「気にしなくていいのよ。部屋も家具も、使って上げてこそ、でしょう?」
 視線の先で微笑んでいるのはギルバートの妃であるタリアだ。
「それにあなたもこれから家族の一員になるのですもの。気にしなくていいの」
 どこか楽しげな声音で告げられたのはどうしてなのだろう。
「あなたがいてくれれば、ミーアも大人しくしてくれるかも知れないし」
 それは、とレイは頬を引きつらせる。
「ミーア姫の遊び相手をしろというのでしたらさせて頂きますが……」
 あの年の《女の子》にはどう接したらいいのだろうか。
 そもそも、少ないと言っても、自分がここに来るまでにあったことがある人数よりも、ここで働いている人数の方が多いのだ。
 そんな人たちとどうやって付き合っていけばいいのか、それもわからないのに……と心の中で付け加える。
「あまり難しく考えなくていいのよ」
 人との付き合い方なんて、とタリアは微笑む。
「嫌なことがあったら口にする。頼みたいことも。でも、頼み事の後はきちんとお礼を言ってね」
 ミーアのことは、と彼女はさらに笑みを深めた。
「ワガママは聞き流してくれればいいわ。とりあえず、傍にいて欲しいだけだと思うの」
 王子さま、と言っているのはかなり本気だと思うわ……と付け加えられる。
「でも、それに関しては、今は考えなくていいのよ。もっと大きくなってから、ゆっくりと考えてね」
 自分の感情を優先していい。そう彼女は続けた。
「私たちはね。みんなで仲良く暮らせれば、それでいいの」
 言葉とともにそっと頬を撫でてくれる。そんな何気ない仕草が、おぼろげにしか覚えていない母の仕草に重なったような気がした。
「……はい……」
 だからだろうか。素直に、とはいかないものの頷くことが出来るのは。
「大丈夫よ。失敗してもいくらでもフォローして上げるわ」
 それが大人の義務だから、とそういいながらそうっと撫でてくれる。そうすれば、よい匂いが感じられた。
 それが心地よい。
 ラウとは違うが、ここの人たちはみんな優しい。だから、自分は大丈夫だ……とレイは心の中で付け加えた。

 しかし、何もしないでただ与えられるだけというのは辛い。
「……何か、することはありませんか?」
 だから、レイはギルバートにこう問いかけてしまった。
「君はまだ子供だろう? 遊んでいていいのだよ」
 そんなレイに、ギルバートは即座にこう言い返してくる。
「でも……」
 はたして、これを言っていいのだろうか。そう思いながらレイは言葉を綴る。
「何もすることがないと、逆に落ち着きません」
 前は二人きりだった。だから、自分でもしなければいけないことがたくさんあった。そして、それが日常だったのだ。
 それがなくなった分、逆に不安になってしまう。
「なるほど、ね」
 さて、どうしようか……と彼は考え込むような表情を作った。だが、直ぐにレイへと視線を戻してくる。
「もう少し後で……と思っていたが、勉強を始めるかい?」
 ラウが最低限のことは教えていたようだが、と彼は口にした。
「幸い、ここには教師になってくれる人たちが大勢いるからね」
「勉強、ですか?」
 それは自分が思い描いていた本野は違う。でも、ギルバートはあくまでも本気のようだ。
「そう。それも大切なものだよ」
 それに、と彼は微妙に微笑みの色を変える。
「君が真面目に勉強をしてくれると、あの子も見習うかも知れないしね」
 少し甘やかしすぎたようだ、とギルバートは微笑みに少しだけ苦いものを滲ませた。そのまま、視線を移動させる。
 そこに何があるのだろうか。
 そう思いながら、レイもまた、そちらへと視線を向ける。
 予想通りと言うべきか。少しだけ開かれたドアのすきまからコーラルピンクの髪がのぞいている。
「ミーア」
 おいで、とレイは声をかけてみた。その瞬間、ドアが勢いよく開かれる。そして、それ以上の勢いで駆け寄ってくる彼女の姿に、知らず知らずのうちにレイの頬に微笑みが浮かんでいた。



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