「……だから、なんで今日に限ってお前らが付いてくるんだよ」
 シンがむっとした表情でこう言ってくる。その裏に『見張らなくても、大丈夫だ』と言う感情が隠れているような気がするのは錯覚ではないだろう。
「気にするな」
 それに、レイは一言だけ言い返す。下手ないいわけよりもこの方がいいだろう。
「ここでお前にこけられたら、全部水の泡だからな」
 だから、ドジらないようについて行ってやるだけだ、ハイネも笑ってすませている。
「そんなに、俺のことを信用していないわけ、お前ら」
 だとするなら、来るな! とシンが怒鳴り返してくる。
「そんなはずはないだろう?」
 自分たちだって、キラを解放したいと思っているのだ。だから、とレイは慌てて口にする。
「ひどいな。俺がそんな風に考えていると思っているのか、お前は」
 ハイネはハイネで、こう言い返していた。
「思ってるって言えば、どうするんだ?」
 それがシンの神経を逆撫でしたのか。むっとした表情で言葉を口にしている。
「ひでぇな」
 そのシンの言葉に、ハイネはわざとらしい口調で言い返した。それはシンをからかって遊んでいるようにも見える。だが、彼の場合、シンの緊張を解すという思惑があるのではないか。
 下手に肩に力を入れて失敗しては意味がない。
 チャンスは一度しないことはわかっている。それでも、と考えているのだろう。それはわかっていても、自分には彼のような行動を取ることは出来ないのだ。
 おそらく、この中でそれが出来るのはハイネだけだろう。それがわかっているからこそ、彼はこのような態度を取っているのだ。
 これが、年長者の余裕なのではないか。
 そう言う点は自分も見習うべきなのだろうな、とレイは心の中で呟く。
「ともかく、さ」
 その間にも、ハイネはシンに話しかけるのをやめない。
「お前にできる精一杯のことをすれば、いいだけだろう?」
 シン以外の誰にもできないんだから。この言葉に、レイも頷いてみせる。
「わかってるって」
 シンはきまじめそうな表情を作るとこう告げた。
「わかってる」
 さらに、自分に言い聞かせるようにまた呟いた。その表情からは、先ほどまで見え隠れしていたような妙な緊張感は消えたようだ。
 これならば大丈夫だろうか。
「見えてきたぞ」
 それを確認して、レイは静かな声でこう告げる。その瞬間、誰もが表情を引き締める。
「お前が、あそこに足を踏み入れてしまえば、俺たちには手助けをしてやることはできない……それでも、ここでお前の帰りを待っていてやる」
 だから、かならず帰ってこい。
 レイはまっすぐにシンを見つめるとこう告げた。
「わかってる」
 そんな彼に微笑み返すと、シンは馬の背から滑り降りる。そして、存在を確認するように剣の柄を握りしめた。
「今度は、かならず二人でここから出てくるよ」
 それを終えてから、シンはレイ達へと視線を向けてくる。ニッと笑うと、こう言い切った。
 そのまま、真っ直ぐに森の中へと足を進めていく。それはある意味、見慣れた光景だといっていい。
 だが、それを見送る自分の方はそうだとは違う。
「……無事で帰ってこい……」
 彼の背中が消えた方向を見つめながら、レイは呟く。
「大丈夫だって」
 そんな彼の肩にハイネが手を置いてくる。
「あいつは有言実行だろう?」
 だから、必ず無事に帰ってくるに決まっているだろう……と彼は続けた。
「それに……俺たちが信じてやらないで誰が信じてやるんだ?」
 さらにこう言葉を重ねる。
「そうですね」
 確かに、自分たちが信じないで誰が信じるというのだろうか。
「とりあえず、ここに陣をはるぞ!」
 シンが帰ってくるまで、ここで待機だ。そう他の者達に告げる。それを合図に、皆は動き始めた。
 だが、レイは直ぐには動けない。
「帰って来いよ、シン」
 しかし、いつまでもそうしているわけにはいかないこともわかっていた。だから、無理矢理意識を切り離す。
 そして、禁域の森に背を向けた。



INDEXNEXT