ギルバートが鍵の束の中から一本のそれを取り上げる。
「……まさか、探しているものが自分の足下に隠されていたとはね」
 小さなため息とともに彼はそう続ける。その可能性を疑ったこともなかった、と言外に彼は告げていた。
「だが、それがカナード様が行われたことだ、というのであれば考えてみるべきだったのだろうが」
 考えてみれば、ここ以上に安全な場所はない。そう続けながら、彼は目の前の重厚な扉の鍵を開けた。その瞬間、どこか黴くさい空気が彼等に向かって流れ出してくる。
 それに、シンが顔をしかめているのがわかった。
「……ここしばらく、開けていなかったからね」
 すまないな……というギルバートに、困ったような表情でシンがレイを見つめてくる。
 きっと、自分であれば助けてくれるのではないか、と思っているのだろう。しかし、自分でも出来ないことがある。レイは小さく首を横に振ってみせた。
 もっとも、ギルバートもまったく気にしていないようだったが。
「それにしても……ここの中にあるものは一通り確認していたのだが……」
 それらしきものは見つけられなかった、とギルバートは悩んでいる。
「あの文章と同じなのではありませんか?」
 シンが気づかないうちは他の誰にも見つけられないのではないか、とレイは口にした。
 あの後、次第に文字は濃くなっていったではないか。
 それと同じ仕掛けが施されているのであれば、今まで誰も気付かなかったとしてもおかしくはないだろう。
「なるほどね」
 その可能性はあるかもしれない、ギルバートは頷く。
 シンは、と言えば、今すぐにでも制止を振り切って飛びだして行きかねない猟犬のようだ。
 あるいは、先ほどの文字と同じように、彼にだけわかる『何か』があるのかもしれない。
 そのことに気が付いたのだろう。
「それならば、シンに任せてしまった方がいいのかな?」
 彼であれば、すぐに見つけられるだろう。
 まるでシンの気持ちを読んだかのようにギルバートがこう言った。そして、シンのために体をずらして通路を空けてやった。
「失礼します」
 はやる気持ちを抑えられない。それでも礼儀を忘れるわけにもいかない。端から見て、それがはっきりとわかる態度でシンはこういった。
 そのまま、真っ直ぐに奥へと進んでいく。
「何かに引っ張られているようだね」
 シンの迷いのない行動を見て、ギルバートが呟いた。
「……確かに」
 周囲のものにはまったく視線を向けない。ただ一点だけを見つめている彼のその行動は、そうとしか表現できないのではないか。
「きっと、カナード様のご意志だろうね」
 キラの幸せだけを望んでいる。
 そのためならば、自分の持っている全てを投げ出しても構わない。
 そんなシンだからこそ、彼等は認めたのだろうか。
 今までに何度も心をよぎった思いが、またわき上がってくる。
「そこまで思える相手に出逢えたという点においては、シンがうらやましいです」
 自分にとって、そう言える人間はいない。でも、大切だといえる人間がいるだけでもいいのだろうか。
「そうだね」
 それで十分なのだよ、普通は……とギルバートは微笑む。
「何よりも、国を治める者は第一に国のことを考えなければいけない。だからこそ、うらやましいとは思っても代わりたいとは思わないのだろうね」
 その代わりに、見守っていればいい。それが出来る立場で十分だよ……とギルバートは付け加える。
 その時だ。何かを確認するかのようにシンが虚空へと手を伸ばしている姿が見える。
「あそこに、何かあるのか?」
 自分には何も見えないが。レイがこう呟いたときだ。
「うわっ!」
 シンの上に音を立てて《何か》が落ちてくる。
「シン!」
「……大丈夫だね?」
 そんなシンの元に二人は慌てて駆け寄った。しかし、シンはそれに反応をしない。彼は己の指が握りしめているものへと視線を向けたままだ。
「……これが……?」
 シンの手の中にあったのは、一振りの剣である。
 だが、これ自身が《運命》ではない。
 《運命》というのは、この剣の柄に埋め込まれている三種類の宝石のことだ、とカナードが書き残していた。
 中央に埋められた、ひときわ大きな碧の宝石。
 その両脇に埋め込まれた蜂蜜色の宝石。
 そして、それらを取り巻くうす水色の宝石と刻まれた文様が《運命》を表しているのだと
 これを完成させるために、カナードはその人生の後半を費やしたのだとか。
 確かに、それだけの時間をかけなければ生み出せない。そう思えるほど精緻なカットが施された宝石は、この薄暗がりでもまばゆいばかりの光を放っている。
「これが、運命を担う剣です、義父上!」
 シンが叫ぶように言葉を綴った。その瞬間、全ての宝石が輝きを増す。
 まるで、それは歓喜の叫びのようだ。レイはそう感じていた。



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