シンの元に、カナードとミゲルの日記が届けられたのは、それから直ぐのことだった。
 しかし、彼の表情は、日々、浮かないものへと変化していく。
「シン?」
 どうしたのか、と思いながらレイは彼に問いかけた。
「……頼むから、日記ぐらい韻を踏まずに書いてくれよ」
 昔はそれが普通だったのかもしれないけれど、とシンが言い返してくる。今の自分には難解すぎるとも付け加えてきた。
 今までの彼なら、ここで諦めていたのではないだろうか。
「でも、読まないといけないんだよな」
 しかし、今日の彼は違う。
「できれば、それなりに使えるようにならないと……」
 さらにこんなセリフまで付け加えた。
「シン?」
「だって、キラにはこっちの方が普通なんだろう?」
 ミゲルの日記だけではなく、カナードのそれまで同じようになっていると言うことは、と彼はため息とともに付け加える。
 だとするなら、他の人間――と言っても、キラの側にいられるような立場の者達だけかもしれないが――もこの程度のことは出来たのではないか。
 今の時代では大時代的で古くさい表現方法でも、キラになじみが深いというのであれば覚えた方がいいのではないか。
「付け焼き刃って言われるかもしれないけどな」
 まぁ、その時はその時だ。苦笑と開き直りを隠さずに、彼は続ける。
「そうだな」
 しかし、それを笑うことは出来ない。
 誰かのために努力をすると言う行為は、ほめられるべきものだとレイも考えているのだ。
「身に付くかどうかはともかく、努力することは必要だろうな」
 とは言っても、流石にこれは難しいだろう。彼等が出来るのは、幼い頃からそれに触れていたからに決まっている。自分だって、同じような文章を書けと言われたら『無理』と言い返したくなるのだ。
「ひでぇ」
 何も、面と向かってそんなセリフを言わなくても……とシンは頬をふくらませる。
「すまない。ただ、俺では無理だろうな、と思っただけだ」
 それが口に出てしまったのだろう。レイはそう言い返す。
「だからって、人の気持ちを萎えさせるようなセリフを言うなよ」
 こっちは、やる気を無理矢理集めて取り組んでいるのに! とシンは叫ぶ。
「キラのためだって、得手不得手って言うものがあるんだよ……」
 はっきり言って、今していることは苦手なんて言うものではなく、鬼門に近いことなのに……とシンはため息とともにはき出す。
「それでも頑張ると決めたのだろう?」
 なら、それを続けるしかないのではないか。レイは微笑みと共に言葉を口にする。
「たまになら、気分転換にも付き合ってやる」
 剣の稽古ぐらいだろうが、とさらに言葉を重ねた。
「遠乗りは、流石に難しいだろうな、お互い」
 あれが一番、気分転換にはいいのだが……とレイは呟く。
「そのことだけどさ」
 ふっと思い出した、と言うようにシンが言葉を口にする。
「ミーアとマユが、薬草摘みに行きたい、と言っていたぞ」
 間違いなく付き合わされるんじゃないかな、とシンはさらに言葉を重ねた。
「……あぁ……」
 そう言えば、ミーアがそう言っていたな……とレイも思い出す。
「とりあえず、対処だけは取れるようにしておく」
 最悪、ギルバートとタリアを巻き込んで説得するしかないのだろうか。
「あの二人が仲がいいのはいいんだけど……こっちにまでそれを求めないでくれよ」
 仲がいい方ががいいのはわかっている。しかし男と女では趣味が違うのだから、とシンは呟くように告げる。
「その中に、あの人も入るかもしれないぞ?」
 小さな笑いと共にそう指摘した。
「……どうだろうな」
 しかし、シンは首をかしげるとこう言い返してくる。
「シン?」
「ミゲル・アイマンの日記に出てくるキラは……神官という立場だったせいか、ものすごく慎ましいんだよ」
 着るものも何も、とシンは続けた。
「そんな人とミーア達の趣味が合うと思うか?」
 言われて、思わず想像をしてしまう。
「むしろ、タリア様、だろうな」
「俺もそう思う」
 それでも仲良くはしてくれるのではないか。ついでに、そう言うところも見習って欲しい……と口にするのは兄としての感情なのかもしれない。
「まぁ、それもこれも、全てが終わってから悩めばいいことか」
 その時は、その悩みも楽しめるんじゃないかな。そう言うシンの言葉が真実なのだろう。そう思うレイだった。



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