「シンを捕まえたそうよ」
 そう言いながら、ミーアが顔を出す。
「さっき、連絡があったわ」
 それに書類から顔を上げることなくレイは頷いてみせる。
「よかったら、戻り次第、俺の所に顔を出すように伝えてくれないか」
 今は手を放せない。そう続けた。
「わかったわ。任せておいて」
 にっこりと微笑みながら、彼女は頷いてみせる。
「でも、先にお父様が話を聞きたがるかもしれないわよ?」
「その場合でも、先にこちらに来るように言ってくれないか?」
 一緒に行った方が色々と話が早い。だから、と口にすれば、ミーアはとりあえず納得してくれたらしい。
「ともかく、レイの所ね」
 わかったわ、と彼女は付け加える。そのままシンの元へ駆け出そうとしたらしい。
「あぁ、ミーア」
 そんな彼女をレイは呼び止めた。
「なぁに?」
「今日はもう会えないかもしれないからな」
 そう言いながら、小さな箱を取り出す。
「後で渡そうと思っていたが……みんなで食べればいい」
 その言葉に、ミーアは首をかしげる。
「何?」
「花の砂糖漬けだそうだ。ハイネがあれこれ言っていたから、買ってきてもらった」
 見た目が綺麗だから、お茶に入れてもいいだろう。そう付け加える。
「ありがとう」
 嬉しいわ、とミーアは微笑みながらその箱を手にした。
「でも、次からは自分で買ってきてね」
 その方がとても嬉しいから、と彼女は続ける。
「……ミーア……」
「シンにも、そう言っておいた方がいいかもしれないわ」
 でないと、嫌われるかもしれないし……と続けられても困る。ギルバートもそうだが、自分もなかなか自由に出歩けない立場なのだ。
「女性へのプレゼントは、自力で入手するものよ」
 特に、好きな相手なら……とミーアはさらに言葉を重ねる。
「……なるほど」
 そういうものなのか、とレイは頷いて見せた。ならば、シンにはしっかりと伝えておかなければいけない。心の中でそう呟く。
「別に、高価なものとか珍しいものじゃなくてもいいの。手も届く範囲に咲いている花一輪でも嬉しいものだわ」
 女性は、とミーアはまるで小さな子供に向かって言い聞かせるような口調で続けた。
 自分にそうして欲しいのだろうか、とレイは即座に判断をする。
「……次からは気をつける」
 この言葉に彼女は満足そうに頷いて見せた。
「じゃ、シンの所に行ってくるわ」
 お仕事頑張ってね、とミーアは口にする。そして、今度こそ部屋を出て行った。

 しかし、この後、どのような騒ぎが起きるのか、誰もまだ知らなかった。
 だが、それは悪い方向へ進んだわけではない。むしろ、好ましいことだといっていいのではないか。
 何よりも、自分たちにとっては、だ。

「レイ?」
 直ぐにドアの外から声がかけられる。微かに息が弾んでいることから判断をして、彼はここまで走ってきたのだろう。まぁ、それに関しては今日は見逃してやるか……とレイは心の中で呟く。
「入ってくれ」
「ミーアから聞いたんだけど、何の用だ?」
 声をかければ、直ぐにドアが開けられた。
「あぁ」
 ともかく、中に入ってこい……とレイは声をかける。その瞬間、彼の表情が強ばったのは、小言を言われると思っているからだろう。
「安心しろ。小言ではないから」
 苦笑と共にこう言い返す。
「じゃ、何なんだよ」
 シンは即座にこう聞き返してくる。
「……ちょっと気になる記述を見つけたんだ。あの方に関して」
 で、お前の意見を聞こうか、と思っただけだ……とレイはシンを見つめた。
「キラの?」
 シンはその言葉に目を丸くする。
「何か……今日はいきなり事態が動き出したな」
 さらに、彼はこう呟いて見せた。
「シン?」
「他にもさ。カナード様とミゲル・アイマンの日記に、あるいは……って言う話になったんだよ」
「そうか」
 あるいは、そういう時期なのかもしれないな、とレイは呟く。
「だといいんだがな」
 それならばいい、とシンは繰り返す。
「ともかく、ギルに話をしないと」
 言葉と共にレイは立ち上がった。



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