彼――ギルバートがこの国の王だと知ったのは、彼と共に王宮に行ってからのことだった。
「……あの……」
 彼とラウが親戚でもあった、と言うことはあの晩聞いていた。そして、王位争いに巻き込まれたせいで、本人達の意志とは無関係に敵対することになった、と言うこともだ。
 でも、とレイは不安そうにギルバートを見上げる。
「そんなに難しく考えなくてもいい」
 優しい微笑みと共に彼はこう告げた。
「それに……何事もなければ、ラウもこの城に今も暮らしていたかもしれぬ」
 だとするならば、レイも同じ事だ。この言葉とともに、彼はそっとレイの頭に手を置く。そのまま髪の毛を撫でてくれた。
「ですが……」
「言っただろう? 私はラウを恨んではいない。むしろ、彼がいなくなったことを惜しいと思っていたと」
 ラウの叔母に当たる女性が婚姻を結んでいた相手が、ギルバートと敵対をする陣営に祭り上げられてしまった。本人はそんなことを望んでいなかったのに、王家の血をギルバートと同じくらい濃く引いている、と言うだけでだ。
 その結果、ラウの父もそちらの陣営に着かざるを得なくなった。
 そして、その人物が敗れると同時に彼等はこの城を後にしたのだ、と言う。
「王家の血を引くものは少ない。だからこそ力を合わせなければいけないのだよ」
 だから、自分はラウを捜していたのだ。しかし、彼は父や叔母達の行いを恥じていた。
「だからきっと、私の前に顔を出せないと思っていたのだろうね」
 そのようなことで無駄に有能さを発揮して欲しくなかったのだが。おかげで、彼と話をすることが永遠に出来なくなってしまったではないか。そういいながら、ギルバートはレイの髪の毛を一筋、指にからめる。
「それでも、彼は私に君をたくしてくれた。それで半分は帳消しにして上げよう」
 後の半分は、と彼が言葉を続けようとしたときだ。
「おとうさま!」
 自分のそれよりも甲高い声が周囲に響く。
 視線を向ければ、コーラルピンクの髪をなびかせた幼い少女がこちらにかけてくるのが見えた。
「ミーア。そんなに急いでは転んでしまうよ?」
 言葉とともに、ギルバートが彼女の方へと歩み寄っていく。彼の温もりが遠ざかっていくことに、何故かレイは不安を覚えてしまった。
 それはどうしてなのか。
「みーあは、ころばないもん」
 その答えを探すよりも先に、少女の声の方に意識が向いてしまった。
 自分も、まだ、足元がおぼつかなかった時代――と言っても、ほんの数年前だ――ラウに向かってそういった記憶がある。
 だが、その後で自分は盛大に転んでしまった。
 なら、あの子も転んでしまうのではないか。
 そんなことを考えながら、レイはミーアの行動を見つめている。
 しかし、彼女は転ぶことはなかった。それよりも先に、ギルバートが彼女の体をその腕に抱きかかえたのだ。
「おてんばさんだね、君は」
 こう言いながら、彼はミーアの頬をつついている。その刺激にミーアは小さな笑い声を上げた。
 その様子は微笑ましい。
 同時に、うらやましい。
 自分には二度と与えられることがないものだ。
 ダッテ、らうハシンデシマッタカラ……
 レイの心の中でこんな呟きがこぼれ落ちる。
 このまま、ここにいてはいけない。レイがそう考えたときだ。
「おとうさま」
 ミーアの声がまるでその考えをレイから振り払うかのように周囲に響く。
「あのかたが、みーあのおうじさま?」
 おうじさまとは『王子さま』のことなのだろうか。
 しかし、何故自分が彼女――ギルバートの娘なら本物の王女様のはず――の王子さまなのか。
「何故、そう思ったのかな? お父様に教えてくれるかい?」
 くすくすと笑いながら、ギルバートはミーアに問いかけている。
「おかあさまがおしえてくださいました」
 それに、とミーアが満面の笑みを向けながらレイを見つめた。
「みーあのおうじさまはきんのかみとあおいひとみをしているってむかしからきまっているの」
 だから、彼がミーアの王子さまなのだ……と笑う。
「なるほど」
 それはいいね、とギルバートは頷いている。
「……俺は……」
 何か、ものすごくまずい状況に置かれているのではないか。そんな予感に襲われる。
「ともかく、そのお話は後にしようね」
 まずは彼が落ち着くのを待たないといけないだろう? と言う言葉は救いなのか。それとも……とレイはこっそりとため息をついた。



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