シンの後ろ姿を見送りながら、ギルバートが満足そうな笑みを浮かべている。
「本当に彼は、どうして自分が担ってくれている役目に気付いてくれないのだろうね」
 そうは思わないかい? と彼は視線を向けてきた。
「あいつにとって当然のことだから、ではありませんか?」
 言葉とともにレイは今まで隠れていた――と言うよりも、シンが気付かなかっただけだ――書棚の影から姿を現す。
「特別なことをしていると言う認識がないのでしょう」
 だから、自分がどれだけギルバートや自分の役に立っているのか、わかっていないのではないか。そうレイは告げる。
「困っている人々の話に耳を傾けることは当然のこと、か」
 確かに、そうかもしれない。ギルバートはそう言って頷く。
「城にこもっていることが多い私たちよりは、皆も彼の方が話しやすいだろうしね」
 次々と決済しなければいけない書類は舞い込んでくる。それが自分たちのなさねばならないことだと言うことも否定しない。
 だからといって、人々の生身の声に耳を貸さないというわけにはいかないのだ。
 その役目をシンが担ってくれている。
「騎士達や皆がそうしてくれていない、と言うわけではないがね」
 ただ、彼等の場合、無意識に己や己に関わる者達の利益を優先してしまうだけだ。それが悪いわけではないが、緊急の場合、手遅れになりかねない。それは許されないだろう。
 だからこそ、皆はシンに声をかけるのだ。
 彼であれば、確実に自分たちの耳にはいる。しかも、優先順位をつけるとしても自分の利益ではなく人々への影響で決めると信じられているのだろう。
「シンであれば、変な雑音には耳を貸しませんからね」
 それでも、忘れかけるとは……とレイは呟く。
「それに関しては、私にも責任があると思うよ」
 シンに先に質問を投げかけたのは自分だ。そう言ってギルバートは苦笑を深める。
「我ながら、気がせいているのかもしれないね」
 シンがキラを解放できるのではないか。ならば、すこしでも早く、彼女を解放したいと願ってしまう。そんな自分の気持ちの焦りが、シンに判断を誤らせたのかもしれない。
「いつになっても、これだけは治らないのかもしれないね」
「……ギルは、それでいいと思います……」
 レイは静かな口調でそう言う。
「ただ、シンにはもう少しあれこれたたき込まないと」
 今の知識では判断に迷うこともあるだろう。レイはそう続ける。
「それに、そうすればあいつも答えを見つけられるかもしれませんし」
 そうであって欲しい、と心の中で付け加えた。
「そうだね」
 ギルバートも頷いてみせる。
「だが、そのために彼を城内にとどめておくわけにはいかないだろうし……」
 難しい問題だね、と彼は続けた。
「……そのあたりは、適当に様子を見てやればいいだけです」
 どのみち、そう言うことが出来るとすれば夕食後だ。その位なら構わないだろう。
「任せて、構わないかな?」
 流石に、そこまでは……とギルバートは視線を向けてくる。
「もちろん、必要ならいくらでも協力をするが」
 ただ、彼だけに目を向けているわけにはいかないからね……と付け加えた。
「わかっています。それに関してはミーア達の協力も得られると思いますから」
 この言葉に、ギルバートは意味ありげな笑みを浮かべる。
「ミーアなら大丈夫だろうね」
 その表情のまま、彼は言葉を口にした。
「それに、シンの世話をすることは、あの子のためにもなるだろう」
 最近、真面目に勉強に励んでいるのはそのせいだろうか。そうも彼は続ける。
「そうですね」
 確かに、最近のミーアは色々と調べているようだ。その理由の一つにシンに負けたくないという思いがあるのかもしれない。それならそれで構わないだろう。
「ともかく、手配を頼んで構わないかな?」
 レイなら任せられる、とギルバートは口にする。
「わかりました」
 そう言ってもらえるようになったことが嬉しい。そう思いながら、レイは頷いて見せた。



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