シンが出て行ったのを確認して、ギルバートは視線をレイへと向けた。
「君も、シンほどではないがもう少しワガママを言っていいのだよ」
 いつも言っているが、と微苦笑を浮かべながら、彼を手招く。
「俺は……別に今のままでいいです」
 ギルバートや自分を必要としてくれる人々の傍にいて、手助けをすることが出来る。
 それ以上に望むことはない。
「本当に君は……」
 そんな彼にギルバートは苦笑を向けた。
「どこでそんな自己抑制を身につけてしまったのだろうね」
 自分たちの育て方がいけなかったのだろうか。そう言って彼は首をひねる。
「ギル、俺は別に……」
 別に、今の自分で困っていない。しかし、それではいけないのだろうか。
「わかっているよ、レイ」
 そう言った彼に、ギルバートは微笑み返す。
「ただ、私が少し寂しいだけかな?」
 シンのように大騒ぎをしなくてもいい。ただ、もう少し自分を頼って欲しいだけだ……と彼は続ける。
「それこそ、私のワガママなのだがね」
 こう言われて、どうすればいいのか。
「……ギルは、そこにいてくださればそれだけでいいのです」
 ラウのように自分が何も出来ないまま見送るのはいやなのだ。
「本当に君は……」
 言葉とともにギルバートはレイの頭にそっと手を置いた。
「それでは、意地でも長生きしないとね」
 君のワガママがそれなのだとしたら、と言葉を綴りながらそのまま髪の毛を撫でてくれる。
「そうしてください」
 レイはそんな彼に微笑み返した。

 レイが出ていくと同時に、室内に一つの人影が滑り込んできた。
「お聞きになりましたか?」
 その人影に向かってギルバートは問いかける。
「えぇ。本当に興味深いことだわ」
 いったい何故、あの森の中に足を踏み入れたものが呪いに捕らわれるか。それがわからずに困っていたのだけれど……そう言うことだったのね」
 女神によって封じ込められていても、まだあの男の意識は生きていると言うことなのだろう。そして、それがキラを絡め取っているのか。
 言葉とともに眉根が寄せられる。
「それを断ち切らなければいけない。そのための準備は既に整っているはずなのです」
「……そうなのですか?」
 その事実は初めて告げられた。そう思いながらギルバートは聞き返す。
「えぇ。カナードが間違っていなければ、ですが」
 彼女を救いたい。そう思っていた人間はシンが初めてではない。
 その中の一人の名前を聞かされてギルバートは小さく頷いてみせる。
「ただ、そのための力がないものが余計な希望を与えることはキラのためにはならない。だからこそ、彼はその力がないものにはその方法を見いだせないようにしたのでしょう」
 だから、今までそれを見つけることが出来なかったのではないか。
「……だとすると、私にはその力がなかった、と言うことですね」
 キラの存在を知ってから、彼女をあの場から解放したいとも思っていた。しかし、自分はあの森へ足を踏み入れることが出来なかったのだ。
「しかたがありません。あなたには他の運命があるのです」
 女神がそう望まれたのでしょう、と言われれば返す言葉もない。
「しかし、今、あなたの元にシンがいます」
 彼の手助けをすること。それがギルバート達に女神が望んでいる役目ではないのか。
「何よりも、あなたには愛すべき奥方と娘、そして養い子達がいるでしょう?」
 そして、守るべき国が……と続けられる。
「それすらも振り払えるものでなければ、全てを終わらせることが出来ないと?」
「……かもしれません」
 それは自分にもわからない。
 いや、全てが終わらなければ誰も知ることは出来ないのではないか。
「私たちに出来ることは、見守ること。そして、少しだけの手助けでしょうね」
 それはそれで寂しいことだが、と言われて、自分が先ほどレイに告げた言葉と同じだ、とギルバートは思う。
「そうですね」
 寂しいが、それが自分たちに与えられた役目なのだろう。そう思うべきなのだろうな、とギルバートは心の中で呟いていた。



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