シンが帰ってきたのは、三日後だった。
「……確かに、この前よりは長かったけど……ろうそくの目盛りが二つ減るぐらいに長さしかいなかったぞ」
 それも、行軍の時に使う短い奴、とシンは告げる。
「それで三日」
 シンの説明が間違っていないのであれば、あの中で二刻ほどを過ごしただけと言うことだ。
「それにしても、よく、ろうそくに火をつけようなんて考えついたね」
 感心したようにギルバートが口にした。
「時間がずれているって、前に言われたから……」
 どのくらいずれているのか、調べてみようと思っただけだ……とシンは口にする。ぶっきらぼうとも言えるその口調の裏に、少しだけ自慢げな響きが隠れていることに、ギルバートも気付いているだろう。
「でも、あそこって夜になるのかな?」
 ふっと気が付いた、と言うように彼は首をかしげた。
「シン?」
「あそこって、どこからも太陽が見えないんだよな」
 だから、正確な時間がわからないんだ……と彼は視線をレイに向けながら告げる。
「動いているのかどうかも判断できないし……」
 それ以上に気になることがあったから、影の角度を調べようと言う気持ちにもならなかった。シンはそうも付け加える。
「気になること?」
 何だ、それは……と言外に問いかけた。
「なんて言うのか……森にはいると、誰かが耳元であれこれ囁いているようなざわざわしたものが聞こえるんだよな」
 現実にそうなのかどうかはわからないが、とシンは付け加える。
「でも、キラが手を握ってくれると、その声が聞こえなくなるんだよ」
 声が聞こえているうちは不安でたまらない。しかし、それが消えると途端にその不安が消えるのだ。
「森に取り込まれるって、キラが言っているけどさ……ひょっとしたら、森じゃなくて、その声のせいなのかなって」
 そんなことを考えてしまうのだ、とシンは苦笑を浮かべる。
「キラに会ったら会ったで、少しでも一緒にいたいし」
 でも、キラは自分のことをさっさと森から追い出そうとするし……と彼は唇をとがらせた。
「なるほど、ね」
 興味深そうな表情でギルバートは頷いてみせる。
「今まで、そんな話を聞いたことがない。と言うことは、君以外、その《声》に気付いていなかった、と言うことかもしれないね」
 だが、と彼は続ける。
「君自身がその声に取り込まれないようにしなければいけない。それはわかっているね?」
 そうなれば、悲しむのはキラだけではない。この城にいる者達皆が自分の判断を悔やむことになるだろう。
「わかってます」
 そのことは、とシンは言い返す。
「でも……キラに会いたいんです」
 ぼそっと彼はこう付け加えた。その頬が赤くなっているのは気のせいではないだろう。
「本当に君は」
 苦笑と共にギルバートはシンを手招く。
「もっとも、そう言う君だからこそ、森は君を選んだのかもしれないね」
 そして、近くまで歩み寄ってきた糧の頭をそっと撫でる。
「俺は、子供じゃありません!」
「まだまだ子供だよ、君もレイも」
 もちろん、ミーア達は言うに及ばないだろう、とギルバートは笑う。
「だから、色々と悩みなさい。それこそがいずれ、君達の財産になる」
 悩んだだけ、ものを見る目が養われるからね……と彼は続けた。
 ギルバートがそう言うなら間違っていないのだろう。しかし、とレイは心の中で呟く。自分にはシンのように自分の感情に素直に従うことが出来ない。
 そうできるシンが少しうらやましい、と思うのは間違っているのだろうか。
 だが、シンがそうだからこそ、自分は一歩引いて世界を見られる。それが自分の役目なのだろうか。
「ともかく、マユ達に顔を見せておいで」
 ギルバートは言外にシンに『退室していい』と告げる。
「はい」
 シンはそれに素直に頷くと、きびすを返した。
「シン」
 そんな彼の背中に、レイは声をかける。
「何だ?」
「次からは、タリア様に声をかけていけ」
 女性が好みそうなお菓子を持っていけば、きっとキラは喜ぶぞ……と彼は言い返す。
「そうだな」
 そうすれば、キラは笑ってくれるかもしれない……とレイは呟く。
「ありがとう、レイ」
 そうするよ、とシンは微笑む。そんな彼に、レイも微笑み返した。



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