「彼らしいね」
 その書き置きを見て、ギルバートは苦笑を深める。
「しかし、よく今日まで我慢したものだ」
 もう少し早く行動を起こすのではないか。そう思っていたのだ、と彼は続けた。
「ギル……」
「大丈夫だよ。君と約束したのだろう?」
 かならず帰ってくると、と問いかけられてレイは頷いてみせる。
「あの子は、約束だけはきちんと守る」
 それに、とギルバートは目を伏せた。
「あの方が必ず、あの子を森から返してくれるよ」
 だから、シンは帰ってくる……とギルバートはまた言葉を重ねる。それは自分に言い聞かせているようにも思えた。
「それにしても……思ったよりも遅かったね」
 もっと早く、あそこに行くと思っていたのだが……と彼は呟く。
「それは……そうですね」
 ある程度馬に乗れるようになったら、真っ先に飛び込んでいくものだとレイも思っていた。しかし、この季節まで待っていたのには、きっとそれなりの理由があるのだろう。
「後で、そのあたりの所を確認するか」
 本人から、とレイは呟く。
「そうしておいてくれるかな?」
 何かを思いついたのか。ギルバートが楽しげな声音でこう言ってくる。
「それと……そうだね。あの方に確認して欲しいこともある」
 ミーアに言われて気が付いたのだがね、と彼は続けた。
「あの方も、何かを口にすることは可能だろう。それに、女性は甘い物が好きなことが多いしね」
 だから、何か慰めになるようなものでも持っていって貰おうか……と思うのだよ、とギルバートは微笑む。
「なら、ドレスとかは……」
 そう言えば、衣装とかも時が止まっているのだろうか。ふっとそんな疑問がわき上がってくる。
「それは着る人間の好みが大きく左右するからね」
 ミーアの好みとルナマリアのそれは大きく違うだろう? と言われればそうかもしれないとレイも思う。
「食べ物なら、口にしてしまえばなくなるからね」
 それでいて、気分転換や何かと言った精神的な作用が大きい。そうだろう? とギルバートは問いかけてきた。
「もっとも、その前にあの子が帰ってきたらしっかりと、お小言を言わないとね」
 勝手に言ったことに関して、と彼は続ける。
「お願いします」
 自分が言うよりも彼に言われた方がシンも真摯に受け止めるだろう。だから、とレイはこういった。
「任せておきなさい」
 苦笑と共にギルバートも頷いてみせる。
「それにしても……何日で帰ってくるかな」
 森の中では外と時間の流れが違っていることは、この前の一件で誰もがしっかりと認識していた。しかし、正確にはどれだけの差があるのかは誰も知らない。
 ひょっとしたら、それも一定ではないのではないだろうか。
 それでも、確実に時間は流れているはずだ。
 いったい、どれだけの時間を彼女はあの森の中で過ごしていたのだろう。
「……マユに話をしておかないといけませんね」
 ともかく、と思考を切り替える。
「そうだね」
 もっとも、とギルバートは続けた。
「シンのことだから、マユには事前に話をしていった可能性はあるね」
 それで彼女から了承が得られたから出かけていったのかもしれない。その言葉は妙な説得力がある。
「……なら、俺にも言っていけばいいだろうが」
 思わずこう呟いてしまう。別に止めたりしないのに、とも。
「おやおや。ひょっとしたら、今回のことで一番怒っているのは君なのかな?」
 ギルバートが笑いながら指摘してくる。
「……否定、出来ません」
 少し考えた後で、レイはこう言葉を返した。



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