それでも、目標があるからか。シンの学習速度は飛躍的に速くなった。それには、教師達も驚きを隠せないらしい。
 そんなシンに負けるのはしゃくだと思っている自分がいることも、レイは否定しない。
 だから、と言うわけではないが、レイも同じように様々な知識を身につけていた。
 その事実を一番喜んでいるのは、実は本人達ではなくギルバートだ鷹もしれない。
「共に競い合えるものがいると、ここまで変わるとはね」
 レイはここに来たときから優秀だったが。そう言いながらも、彼はそっとレイの金糸の髪に指をからめる。そしてそっと梳いてくれた。
「シンが来てよかったと思ってくれるかな?」
 そのまま、こう問いかけてくる。
「はい」
 確かに、彼が来てから色々と今までにしたことがない経験をすることになった。
 それだけではない。
 彼が来て初めて《友人》と言える存在と巡り会えた。
 ひょっとして、ラウとギルバートも今の自分たちのような関係だったのだろうか。それならば、あの時、ラウが自分をギルバートに預けようと思った気持ちも理解できる。
 自分とシンもそんな関係になれるのだろうか。
「大丈夫だよ」
 そんな彼の耳に、柔らかな声が届く。それは、レイが欲しいと思っていた言葉だ。
 それにしても、どうして、ギルバートは自分が考えてることがわかるのだろう。
「私とラウがそうだったからね。君達も大丈夫だ」
 自分たちは盛大にケンカもしたからね……と彼は笑った。
「だから、安心しなさい」
 すれ違うようなことがあっても、自分がフォローをして上げよう。彼はそうも付け加える。
「はい、ギル」
 レイは静かに頷いて見せた。
「物わかりがいいのは君の長所だが……ある意味、欠点でもあるね」
 もう少しワガママを言ってくれていいのだよ? と彼は苦笑を浮かべる。そして、先ほどよりも少し乱暴な手つきで彼の髪を撫でてくれた。
「ところで」
 どうやら、今までのことは前ふりだったらしい。あるいは、保護者としての言葉だったのか。
「何でしょうか」
 どちらにしてもうれしさには変わらない。そう思いながら聞き返す。
「シンは今、どこにいるかな?」
 ちょっと彼に用事があったのだが、とギルバートが問いかけてくる。
「ハイネと一緒に乗馬の練習をする、と言って出て行きましたが」
 馬場にはいないのか、とレイは首をかしげた。
「……ハイネと一緒か」
 ならば無理はしないと思うが、と彼は呟く。
「……城外に出たわけですね」
 本当にあいつは、とレイは眉根を寄せる。どこかに出かけるときは一声かけてからにしろと言ったのに。そう思う。
 もっとも、乗馬の訓練中にハイネがいきなりそう提案したのであれば伝えに来る暇はなかったのかもしれない。
 だが、馬鹿なことをしていなければいいのだが。例えば、とため息をつく。
「……あの方に会いに行っていなければいいんだが……」
 そんなことになれば、また大騒ぎになるのは目に見えている。
 もっとも、シンのことだ。
 止めても、いずれは彼女に会いに行くのはわかりきっている。その時までに、もう少し知識を増やしておいて欲しいのだが……とそんなことも考えてしまう。
「おやおや」
 どうやら、考えていることが全て口にでていたらしい。ギルバートが苦笑と共に言葉を口にする。
「まるで、君はシンの保護者のようだね」
 その言葉の意味が直ぐには理解できない。
「ギル?」
「それとも君の中ではシンはミーアと同じようなな認識なのかな?」
 さらに重ねられた言葉で、シンはようやく彼が何を言いたいのかわかった。
「……ちょっとし違います。ただ……」
 こう言いかけて、何と言えばいいのかがわからなくなる。
「なるほど。シンが帰ってこなくなるかもしれない。それが怖いのだね?」
 ギルバートにこう言われて、ようやく自分の感情の正体を掴んだような気がした。
「君は、ラウを失っているからね。その気持ちがよくわかるよ」
 でも、少しは信用して上げなさい……と彼は苦笑を浮かべる。
「今回のことは、シンではなくハイネに責任がありそうだからね」
 さて、帰ってきたら少し文句を言わせてもらおうか。ギルバートはそう言って微笑む。
「お願いします」
 それに、こう言うしかないレイだった。



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