とりあえず、とギルバートがシンに指示をしたのは、乗馬の訓練と歴史の勉強だった。 前者はともかく、後者に関してはシンが嫌いな本を読んで覚える勉強だ。それでも逃げずに取り組もうとしているのは、自分が何も知らないと気付いたからだろう。 「……シン、それはもう少し後よ」 そんな彼と共に学んでいるのはレイではない。ミーアだ。 「……後って……」 神話なんて覚えなければいけないのか? と彼の顔にはしっかりと描かれている。 「順番に覚えていかないと、後で困るんだから」 それに、とミーアはさらに言葉を重ねた。 「キラ様は、確か神官でいらしたのでしょう? なら、シンも神話ぐらい覚えてないと、話があわないわよ」 レイと自分のように共通の話題がなければ嫌われるんだから、と妙に大人びた口調で彼女は続ける。 「ミーア……」 それに、シンが困ったような表情を作った。 「本当のことでしょ?」 ね、レイ……とミーアは少し離れた場所から二人を見つめていた彼に同意を求めてくる。 「そうかもしれないな」 それにレイは素直に同意をして見せた。 確かに自分とミーアの間にはあの薬草園を含めて共通の話題がある。その他にも、ギルバートやタリアのことなど、話そうと思えばいくらでも共通の話題があるのだ。 もっとも、とレイは心の中で苦笑を浮かべる。 自分から話しかけなくても、彼女の方が色々と話題を振ってくるのだ。自分はただ、聞いていればいい。 行儀見習いでタリアの元にいるルナマリアやメイリン、そして、シンの妹のマユと違って、彼女の話は聞いていても辛くないのだ。もちろん、シンと話をしているときのように楽しいと言うところまでは行かないが。 「……そう言うことなら、花の名前とかも覚えておいた方がいいのかな?」 女性は、花が好きなもんだろう? とシンは、真顔で呟いている。 「そうよね。レイは、花だけではなく色々な植物のことも詳しいし」 教えてくれると嬉しいから、とミーアは微笑む。 その微笑みを見ていると、何故か心が温かくなる。 シンのようにその思いのまま突っ走ることは出来ない。だが、こんな風に誰かと関係を築き上げていくことなら自分にも出来るのではないか。 だから、自分はこのままでいいのかもしれない。 レイがそう考えたときだ。 「……そうなると、俺が教えてやれることって、何だよ……」 シンはこう言って頭を抱えているのが見えた。 「たくさんあるだろう?」 苦笑とともに彼に声をかける。 「そんなこと言われても、思い浮かばないんだって」 本当に目の前のことしか見ていられないのか。それとも、自分たちの年齢ではそちらの方が普通なのか。どちらが正しいのかはわからない。 でも、とレイは苦笑を深める。 そんなシンに手を差し伸べることもいやではない。 「あの人は、ずっとあの森の中で一人でいたんだぞ? それから世界がどうなったのか。ほとんど知らないのではないか?」 そして、それが彼女にとって一番聞きたいことではないのか。レイはそうも続ける。 「……歴史?」 「そうだ。だから、頑張って覚えろ」 大筋を覚えてから、それに関連することで興味のあることを調べていけばいい。それが一番覚えやすい方法ではないか。 「もっとも、それは俺のやり方だがな」 シンにはシンにあった方法があるのかもしれない。だが、最初からそれを見つけることは不可能だ。だから、誰かのマネをしていくのもいいのではないか。レイはそう続ける。 「そうだな」 レイの言葉にシンも頷いて見せた。 「でも、神話って……」 関係を掴むのが難しい。次第に頭がこんがらかってくる、と彼は続けた。 「……いっそのこと、シンには子供用の神話の絵物語の方が取っつきやすいかもしれないな」 それで関係を整理してから、歴史書を読んだ方がいいのかもしれない。レイはこう判断をする。 「なら、ミーアのを貸してあげる」 凄く絵が綺麗なの、と彼女は自慢するように口にした。 それにシンは、一瞬顔をしかめる。おそらく『子供用』と言うところに引っかかりを覚えたのだろう。そのあたりは、とてもわかりやすい。 「わかった……貸してくれ」 それでも、キラへの思いの方が勝ったのか。シンはこう告げる。 「うん、貸してあげる」 してやったりという表情のミーアに、シンはどこか悔しげな表情を作っていた。 |