「あの方は、その呪いを一身に受けてしまわれた。そのまま、一人であの場におられる。呪いが解かれるその日まで、永遠に」
 それがいつなのかはわからない……とギルバートは呟く。
「ただ、ラクス様が言い残されている。その手に《運命》を握るものが現れたとき、あの方は自由を取り戻されるだろう、とね」
 もっとも、とギルバートはため息をつく。
「運命とは何であるのか。  そして何をしなければいけないのか。  それはわからないのだが……」
 過去に多くの王族がそれを調べようとした。しかし、どうしてもその答えを見つけることが出来なかった。
 何よりも、とギルバートは続ける。
「しかし……私が生まれてから、私が知っている限りではあの地に足を踏み入れたものは、君が初めてなのだよ」
 人々が女神の存在を信じなくなってから、あの森に入れたものはいないと聞いている。そして、それ以前にもあの地から戻ってきた人間の話を聞いたことはない。彼はそう付け加える。
「義父上?」
 そう言うように言われていたからか。シンはいつもためらうことなく彼にそう呼びかけた。
 それがうらやましくないと言えば、少し嘘になる。
 自分にとってもギルバートは義父といえる存在だ。しかし、自分には自分だけに許されている呼び名がある。だから、と考えれば我慢できないわけではない。
 それに、とレイは心の中で呟く。ラウだって、やはり自分に『父さん』ではなく名前で呼ばせていたではないか。
 そう考えれば、彼とギルバートは似たもの同士なのかもしれない。
 こんなことを考えている間にも、ギルバートの話は続いていた。
「だからね。ラクス様のおっしゃる《運命》とは何を指しているのかはわからないが……あの方を呪いから解放するのは君ではないか、と私は思いたいのだよ」
 もっとも、自分の勝手な思いこみかもしれない。それでも、とギルバートは微笑む。
「でなければ、悲しすぎるだろう?」
 何が、とか誰が……と言われなくても、彼が言いたいことは伝わってきた。
「でも……俺はレイみたいに頭がいいわけでも、ミーアみたいな才能もないんですが」
 それなのに、どうして……とシンは呟いている。
「君は、あの方とまた会いたい、と考えているのだろう?」
 何でわかったのか、とシンは目を丸くした。しかし、直ぐに頷いてみせる。
「はい。あの人と、そう約束しましたから」
 たとえ、止められても……と彼は付け加えた。
「その気持ちだけで十分だと思うよ。君はまだ子供なのだし……これからがんばれば、レイよりも強くなれるかもしれない」
 そして、心優しい人間になれるだろう……とギルバートは付け加える。
「君達には、それぞれ別の役目がある。だから、同じような人間にならなくていいのだよ」
 違うかな? という言葉に、シンは頷いて見せた。
「だからね……まずは自分の身を守れるようになりなさい」
 その他にも、色々と学ばなければいけないが、まずはそれだろう。
 そうしなければ、あの方を悲しませることになるよ……と付け加えるギルバートに、シンは首をかしげて見せた。
 きっと、今のままでもかまわないと彼は考えているのだろう。
「それに、一人であの地に行けるようになった方がいいのではないかね?」
 いつもレイに送ってもらうわけにはいかないだろう、と彼は低い声で笑いながら付け加える。
 その瞬間、シンが頬を真っ赤に染めた。どうやら、自分でも誰かと相乗りしなければ馬に乗れないことは気にかけていたらしい。
 シンのそんな様子にギルバートは低い笑いを漏らした。
「もっとも、できれば誰かと一緒に行くか……一声かけてもらった方がいいかもしれないがね」
 そのまま、さらに彼は言葉を重ねている。
「行方不明になっても騒ぎにならないように、ね」
 それはきっと、彼がまた森にはいるだろうと想像しての言葉なのだろう。
 確かに、シンならそうするに決まっている。
 その時には騒がなくてもすむように、声をかけてくれればいい。そうすれば、皆、安心して待っていられるのではないか。
「確かに、今度のような騒ぎにはならないだろうな」
 ぼそりとレイは呟く。
 同時に、何故過信において行かれたような気持ちになってしまった。それは、彼が一足先に自分のなすべきことを見つけたからだろうか。
「レイも、わかっているね?」
 そんな彼の気持ちに気付いたのだろう。ギルバートは優しい視線を向けてくる。
「レイが森に入れなかったことは気にすることではない。ただ、君には別の運命が待っているという証拠だよ」
 この言葉とともに、彼は微笑む。
「それに、父親としては、君と信徒が逆でなくてよかったよ」
 ミーアをなだめるのが大変だからね……と言う言葉は、本気なのだろうか。
 それでも、彼が自分を慰めてくれようとしているのは伝わってくる。
「はい、ギル」
 だから、彼の言うとおり、自分のなすべきことがいつか見つかるのだろう。でなかったとしても、彼の手伝いが出来るようになればいい。
 そう考えながら、レイは小さく頷いて見せた。



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