シンの言葉を聞き終わっても、自分は何も言うことは出来ない。それだけ驚きだったのだ。
 彼も同じなのだろうか。
 そんなことを考えながら、レイはギルバートの顔を見つめる。
 自分も彼も、彼女のことは何度も話題にしてきた。しかし、その人の存在を確かめることは出来なかったのだ。
 しかし、シンは違った。
「そうか……」
 ようやく、心の整理が着いたのか。ギルバートが小さなため息をつく。
「あの方にお会いしたのか……」
 その声に羨望の響きが含まれていたことは否定できない。
「それでは、話をしないわけにはいかないな」
 シンがそれを知らなかったというのは意外だったが、と彼は続ける。それでも、彼等の父親の性格を考えればしかたがないのかもしれない。そうも続けた。
「ただ、長い話になるよ?」
 あきずに聞いていられるかな? と確認するようにギルバートは視線をシンへ向ける。それにシンは小さく頷いて見せた。
「古い古い話だ……まだこの国が《プラント》と《オーブ》という二つの国だった時代。アスラン・ザラとカガリ・ユラが婚姻を結ぶ前、のね」
 それが全ての始まりだったのだ、と続ける口調は、記憶の中のラウのものによく似ていた。

 そのころ、世界は戦乱の中にあった。
 新興国であった《オムニ》
 その王が、自国の領土を拡張しようと、周囲の国に戦を仕掛けていたのだ。
 もちろん、通常であればそのような無謀な行為にでても勝てるわけがない。一国の人員よりも複数の国のそれの方が多いことはわかっていることだ。しかも、その中にはプラントとオーブの二国が含まれている。この世界の創世時から続いていると言われているこの二つの国は、お互いを奪い合うのではなく歩み寄ることによって力を蓄えてきたのだ。
 だが、オムニの王、アズラエルはただの人間ではなかった。
 どこから入手したのかわからない《禁呪》を使い、それによって他国を侵略していったのだ。
 国の中には、そんなアズラエルの力に恐れをなして自らその陣営に下ったところもある。
 だが、プラントもオーブもそのような事をするわけがない。
 むしろ、二国の絆を深め、協力してオムニと立ち向かおうとした。
 そうでなければ、世界がどうなるか。彼等は知っていたのだ。
 だが、それをアズラエルが面白く思うはずがない。
 二つの国を分断しようと、あれこれ画策していたことは事実だ。その中に、オーブの王女との婚姻……という選択肢があったのは、彼の国が女系で続いていたからかもしれない。
 しかし、オーブの姫は既に、プラントの王子と婚約が決まっていた。
 だが、アズラエルはそれでも諦めきれない。オーブの姫には神殿にあがった双子の片割れがいることを調べ上げたのだ。姫との婚約がかなわないなら、そちらをよこせ、と言ったらしい。
 しかし、オーブでは神職に就いたものは性別を隠す。
 姫であるのかもわからない相手を婚約者とすることはアズラエルでもできなかった。だから、表向きは自国の神殿へ招くという形だったようだ。
 もし、それを拒めば、全軍をオーブに進軍させるという脅し付でだ。
 それに怒ったのは、オーブだけではない。プラントも、そしてその周辺の国も、一息にオムニへの抵抗を強めた。
 何よりも力強かったのは、プラントに賢者と呼ばれていたラクス・クラインが戻ってきたことだろう。
 彼女の教えで、人々はアズラエルの禁呪を打ち破ることに成功した。それを知った者達の多くが、オムニへ反旗を翻したのは当然のことだろう。
 次第に追いつめられていったアズラエルは、全ての憎しみをオーブへと向けた。
 そして、自ら軍を率いて彼の地へと攻め込んだのだ。
「カガリ!」
 男装に身を包んだ彼女を止めようとしたのは、彼女の双子の片割れであったキラだ。
「君が行ってどうなるの?」
 この言葉に、カガリは一瞬動きを止める。
「確かに、私が行ったところでどうなるとは言い切れない! だが、少なくとも兵士達の士気を高めることはできるだろう!」
 それに、と彼女は付け加えた。
「アスランだけではなく、ラクスも来るんだ。それこそ、私が物陰に隠れているわけにはいかないだろうが」
 この言葉に、キラは返すべき言葉を見つけられなかったのだろう。困ったように目を伏せる。だが、すぐに顔を上げるとカガリを見つめた。
「僕も、行くからね」
 そして、きっぱりとした口調でこう告げる。
「キラ!」
「君が国を守るのが義務だ、というのなら……君を守るのが僕の義務だ」
 たとえ、自分自身の命と引き替えにしたとしても。キラはしっかりとした口調でこう言い返す。
「……お前は……」
 即座にカガリはキラを怒鳴りつけようとする。
「君だけじゃなく、アスラン達もいるなら、余計に、だ!」
 自分だけ安全な場所にいられると思うのか……とキラは一足早く叫び返す。
「その気持ちはわかるが、私が向かうのは戦場だぞ! たくさんの人間が死んだり傷ついたりする場所だ!」
 それに耐えられるのか、と聞かれてキラは唇をかむ。
「わかっている。わかっているから、行くんじゃないか!」
 だが、すぐにこう口にする。
「邪魔しても、行くからね!」
 歩こうと何しようと……と言うキラに、カガリはそれ以上、反対ができなかった。目の前の存在が自分に負けず劣らず頑固だ、と言うことを彼女はよく知っている。そして、反対すればするほど、無茶をすることも、だ。
「……わかった……」
 渋々といった様子で、カガリは言葉をはき出す。
「ただし、お前は絶対に誰かを傷つけるな! いいな」
 それに、キラは静かに頷いて見せた。

 だが、それが悲劇の始まりだった。

 アズラエルは自分一人だけが滅びるつもりはなかったのだろう。
 己が屠られると同時に発動する呪いをその身にかけていたのだ。
 だが、それはアズラエルの思惑は果たされなかった。



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