シンが見つかったのは、もう太陽が山の端に隠れた後だった。
 偶然とはいえ、自分の目の前に出てきてくれたことにレイは安堵のため息をつく。
「シン!」
 そのまま、彼の元へと駆け寄る。
「無事なのか?」
 こう言いながら、レイはその存在を確認するように彼の体を抱きしめた。
「大丈夫。精霊さんが助けてくれたから」
 冗談なのだろうか。シンがこんなセリフを返してくる。
「シン?」
 その言葉に、レイは愁眉を寄せた。この森にそんな存在はいない。いるとすれば、あの人だけだろう。
 しかし、それをここで問いつめるわけにはいかない。
「……ともかく、戻ろう。みなも呼び戻さないと」
 何よりも、ここで彼を捜していたのは自分一人ではないのだ。彼等にシンの無事を伝え、城に戻らなければいけないだろう。
「きっとギルバートから話があるはずだし……」
 彼女に会ったのであれば、彼は話を聞きたいはずだ。
「やっぱ、大事になっている?」
 自分が森の中に入ったことで、とシンが問いかけてくる。
「当たり前だろう! 養い子とはいえ、お前は、この国の王族の一員なんだぞ」
 それが行方不明になれば、みなが探すのは当然だ……とレイは怒鳴りつけた。何よりも、と彼は言葉を重ねる。
「マユとミーアが心配している」
 特にマユは、いくらなだめようとしても泣き止んでくれないのだ。レイの言葉に、妹大事の彼は思いきり表情を曇らせた。
「もっとも、お前を止めなかった俺に同罪かもしれないが」
 そのことに関しての罰は甘んじて受けるつもりだ。しかし、シンのこの緊張感の無さは何なのか。
 その理由が思いあたらないわけではない。
 しかし、シンがどこまでその事実を認識しているのだろうか。それを問いかけようとしたときだ。
「……でも、ほんのちょっとの間だろう?」
 それでこんな大騒ぎになるのか? とシンが口を開く。
「まだ、夕方じゃないのか?」
 さらに付け加えられた言葉で、だいたいの事情が飲み込めた。やはり、彼の中でかなり時間の感覚が狂っているらしい。
「……そうなのか?」
 お前の認識では……とレイが確認をするように問いかければ、シンは素直に首を縦に振ってみせる。
「やはり、少しでも早く、城に戻って……ギルに相談した方がいいな」
 それからでないと、話が進まない。レイがこう言えば、シンが思いきり目を丸くしている。
 どうやら、自分が何か勘違いをしていると気付いたようだ。
「帰るぞ」
 なら、多少のことは帰り道で説明しても構わないだろう。
 レイがこう告げる。シンはそれに、首を縦に振って見せた。
 そのまま歩いていけば、顔見知りの兵士に出逢う。その彼も、シンの顔を見てほっとしたように微笑んで見せた。
「では、皆に連絡をしてきます」
 それだけではない。レイが口を開くよりも先にこう言ってくれる。
「お願いします」
 彼がそれを引き受けてくれるなら、それだけ自分たちは早く帰路につけると言うことだ。もちろん、彼もそのつもりで声をかけてくれたのだろう。
「姫様方を安心させて上げてください」
 彼の言葉にレイは頷く。そのまま、馬の方へと向かう。
「……それにしても……お前、着替えたのか?」
 彼の後ろを着いてきたシンがこう問いかけてきた。
「……お前が森の中に消えてから、今日で三日目だ」
「マジ?」
 信じられない、とシンは呟く。どうやら、何か違和感があるとは認識していても、その正体には気づいていなかったようだ。
「本当に、俺は月を見てないぞ」
 黄昏になるのは感じたけれど……とシンはさらに言葉を重ねる。それなのに、もう三日も経っていたのか、と彼は信じられないように付け加えた。

「わかっている……あそこは、呪いに縛られた場所だからな」
 だから、時間の流れが違うのかもしれない……とレイは口にする。
「それにな。俺は、あそこに入れなかったんだ」
 シンを追いかけて足を踏み入れようとした瞬間、自分ははじき飛ばされたのだ、とレイは付け加えた。
「そうなのか?」
 シンが聞き返してくる。
「……あぁ」
 声音にどこか悔しさが滲んでしまったのは、自分が未熟なせいだから、だろう。こんなことでは、シンに負担をかけるだけなのに。
 それでも、と思いながらレイはさらに言葉を唇に乗せる。
「だから、お前だけしかあそこの状況を知るものはいない。ギルは、それを聞きたいと思っているのかもしれないな」
 お前が会った人物についても……と付け加えられた言葉に、シンは何かを思い出したというような表情を作った。
 きっと森の中で会った《キラ》のことだろう。
 本当の彼女はいったいどういう人なのだろうか。それを聞きたいとレイは心の中で呟いていた。



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