それでも、一人になれば様々な感情が浮かんでくる。
「俺は、あの森に入れるのだろうか……」
 祖父ミゲルは入れたという。その血をひいている自分にも可能性がないとは言えないのではないか。
 もっとも、それを言うならば劾も同じ事だろうが。
「先に、劾を行かせればいい。それもわかっている」
 それでも、とカナードはゆっくりと窓の方へと歩み寄っていく。
「わかってはいるが……」
 それをしたくない自分がいる。
 王である以上、自分自身の存在を最優先しなければいけない。だから、危険からは一番遠い場所にいなければいけないはずなのに、だ。
「俺は……俺がキラに会ってみたいんだ……」
 どうしてかなどと問いかけられても困る。
 ただ、そうしなければいけない……とそんな気持ちが自分の中からわき上がってくるのだ。
「会えば、きっと、この胸の中でざわめいている感情の意味も、わかるだろうしな」
 しかし、問題は……とカナードはため息をつく。どうやって城から抜け出すか、だ。自分が抜け出すことを警戒してか。城内の警備はさらに厳しいものになっている。
 さすがは劾、と言うべきか。
 そう、心の中で呟いたときだ。
『あらあら、困りましたわね』
 どこか聞き覚えがある声が耳に届く。
「……まさか……」
 だが、この声の主は先日天へ召されたはず。そう思いながら、声がした方向へと視線を向けた。
 そこには自分と同じくらいの年齢の少女がいる。しかし、それがこの世のものではないというのは一目でわかった。
「おばあさま……」
 そして、それが自分の祖母だ、と言うことも、だ。
『貴方には、キラのことを教えたくなかったのですが……』
 小さなため息とともに彼女はこう告げる。
「何故! と言うよりも、どうしてここに」
『ここにいるわたくしは、ある意味、ただの幻影。もしも、貴方がキラのことを知り、彼女に会いたいと言い出さなければ、そのまま消えていた存在ですわ』
 最後の最後に、そのための術をかけたのだ。そう彼女は言いきる。
「何故ですか?」
 どうしてそのようなことをしたのか。
『貴方では、キラを解放することが出来ないからです』
 森にはいることは出来るだろう。
 そして、あの男の妄執にとらわれることもないはず。
 それでも、カナードではキラをあの場から救い出すことが出来ないのだ。
 ラクスの幻影はこう断言をする。
『貴方は、予言の相手ではありません』
 予言を成就させるための手助けをすることは出来るだろうが。しかし、それはとても辛いことだ。
『ミゲルとイザーク様がそう言っていましたから』
 彼等は時々キラに会いに行っていた。
 だが、キラをあそこから連れ出せる運命を持っていなかったのだ。
『貴方にはわかりますか? あの場から救いたい、連れ出したいと思ってもそうできない自分の不甲斐なさを』
 それでも、ミゲル達はその気持ちを別のものへと変えることができた。少しでも早くキラを救うために、その方法を探すと言う方向へ、と。
『キラにしても、時間の流れが自分を置いていくというその事実を認識させられるのは辛かったのではないでしょうか』
 それでも、彼女はいつでも微笑んで出迎えてくれたのだとか。
『もちろん、キラがどう考えているのかはあくまでも推測でしかありません。それでも、貴方がキラを救えないと言うことだけは事実なのです』
 その事実がキラに辛い思いをさせるかもしれない。
「何故、そう言いきれるのですか?」
 どうして自分に彼女が救えないと言っているのか。カナードは思わずそう言い返してしまう。
『それが、わたくしの予言だから、です』
 賢者である自分と大神官であるマルキオが女神の力を借りて一瞬だけかいま見た未来。そこでキラと共にいたのはカナードではなかった。
「未来など、変えられるものではありませんか?」
 自分の目で見なければ、納得できるか! とカナードは心の中で呟く。もちろん、目の前の人物が本当に祖母ラクスであれば、その位のことはわかっているはずだ。
『……貴方はそれでいいかもしれません。ですが、キラの気持ちはどうしますか?』
 ひょっとしたら、あの場から抜け出せるかもしれない。
 その希望を与えておいて、実はダメだった。そう言われたときの方が衝撃が大きいのではないか。ラクスはそうも問いつめる。
「……それは……」
『わかっていますか? わかっていてもそう告げると言うことは、他に理由があるということですか?』
 これは間違いなく《ラクス》だ。
 きちんと理由を告げなければ、決して手助けをしてくれない。だが、逆に言えば納得さえしてくれれば彼女は自分の味方になってくれると言うことだ。
「……オーブの血をひく方にあってみたい。会って、話をしたい、と言うのが一つ」
 自分はオーブのことをほとんど知らない。それではいけないのではないか。そう思ったのだ、とカナードは正直に告げる。
「だが、それ以上に、自分が守らなければならないものを脅かす存在について、自分自身の目で確かめないといけない。そう思っただけです」
 おそらく、このままではまた、あの地が火種になりかねない。
 だから、とそうも付け加える。
『本当……貴方はカガリとアスランの血をひいておりますわ』
 その頑固なところは……とラクスは小さなため息をつく。
『そして、自分の目で確認しようとするところはわたくしの影響でしょうね』
 これでは止めるに止められない。そう言いながら、彼女はそっと移動をする。そして、壁の一角を指さした。
『ここに、わたくしの日記が隠してあります。そして、書庫にはアスランとカガリのそれがあるはずですわ』
 それらにもある仕掛けがある。
『その中身を読んでも気持ちが変わらないというのであれば……好きにしなさい』
 今の自分では止めることが出来ないから。そう彼女は微笑む。
『貴方が決めることです。わたくしはただの幻影ですものね』
 あぁ、もう時間だ。そう呟くと、ラクスは少しだけ悲しげな笑みを浮かべる。
『どのような結果になろうとも、わたくしは貴方の結論を認めるでしょう。それだけは忘れないでくださいませ』
 そのまま、彼女の輪郭がゆっくりとぶれていく。
「おばあさま?」
 慌ててカナードは彼女に手を差し伸べる。しかし、その姿をとどめておくことは出来なかった。
「……おばあさま……」
 ひょっとして、今見たことは夢だったのだろうか。そう考えながら、彼女が指さした場所を見つめる。そうすれば、確かにそこには隠し扉が存在していた。
「……俺は……」
 この扉を開けるべきなのか、それとも……と悩む。しかし、それでは前に進めない。
「何も知らないままでいるのは、いやだ」
 そう呟くと、そっと手を伸ばした。


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