その日記は、丁度、キラとであった頃から始まっていた。
 ラクスの文字で、彼女がどれだけ人々の気持ちを惹きつける人物なのか。それが克明に綴られていた。実際にあったことがない自分ですら、その人柄が克明に描き出せるほど、だ。
 しかし、その内容があるときから一変する。
 それがあの戦争が終わった日だ。
 それからしばらく、彼女も日記を書くことが出来なかったのだろう。次に記述されているまでの日付が飛んでいた。
 いったい、その間にどれだけの葛藤があったのだろうか。
「誰が悪いわけでもないのに、な」
 祖父母もその周囲にいた者達も――もちろん、キラもだ。
 悪い者がいるとすれば、自分の目的のために世界を混乱に陥れたあの男ではないか。しかも、あの男は今でもキラをとらえている。
「……おばあさま達も、彼女を解放しようとしていたのか」
 日記が再開されてから、ラクスの記述には所々にそれに関するメモが含まれるようになっていた。
 しかも、それが次第に増えていく。
 元になった書籍の豊富さを見ていれば、ラクスがどれだけの努力を傾けていたのか想像が出来る。そして、それを手配していたのがアスラン達だとなれば、彼等もそれを望んでいたとしか言いようがない。
 だが、そのメモもある日止まる。
「……運命?」
 最後に記述されていたのは、その一言だ。
「何なんだ、それは」
 だが、その後ミゲルが旅に出て行ったらしい。普通に考えていけば、それを探しに行ったと言うことか。
「……まったく、おばあさまにしては不親切だとしか言いようがないな」
 それとも、アスランとカガリの日記を読めばそのあたりがわかるのだろうか。
「ミゲルの日記かもしれないな」
 どちらにしても、読めるようになるまでしばらく時間がかかるか。
 その間の時間を無駄にするわけにもいかないだろう。
「……やはり、抜け出すか……」
 ご丁寧にも、ラクスの日記には抜け道が何カ所か記述されていた。その中には自分たちも知らないものがいくつかある。
「これならば……劾にもばれないか」
 プレアが心配だが、その時にはもう、自分は城内にいないだろう。
「図書室のこれであれば、いいわけも出来るだろうしな」
 たまにあの中で行方不明になることはよくあることだし……とカナードは笑みを浮かべる。もちろん、それはラクスから誰にも邪魔されない場所を伝授されているからだ。
「眠り込んでいたと言えば、すぐに出て行かなかったこともごまかせるだろうしな」
 ならば、決行は明日の午後か? とカナードは呟く。そのころには執務も終わっているだろう。
「問題は、馬か」
 流石に、歩いていくのは辛い。
「……適当に拝借していくしかないんだろうな」
 そのあたりは行き当たりばったりで、とカナードは呟く。
「俺は……俺が彼女に会わなければいけないんだ」
 彼等の血をひくただ一人の人間だからこそ。そして、この国の王として、だ。
「と言うわけで、今のうちに少しでも仕事を進めておくか」
 そうすれば、明日は比較的早めに解放されるだろう。その後で、祖父母の日記を調べたいと言えばいくらプレアでも一人にしてくれるのではないか。
 それを確認してから抜け出せばいい。
「……これは、間違いなく俺の義務、だろうからな」
 キラに会うことは。だから、とカナードはそっと立ち上がる。そのまま執務室へと足を向けた。そこにはもう、明日の朝一番に決済しなければならない書類が置かれている。
「さて、と」
 どれから片づけるか。そんな呟きを漏らしながら、カナードは一番上にのせられていた一枚を取り上げた。

「劾さん!」
 部下達に剣の指南をしていた劾の元にプレアが駆け寄ってくる。
「どうした?」
 その額に前髪が張り付いているところから判断をして、かなり走り回ったのではないだろうか。そう考えながら問いかける。
「カナード様を見かけませんでしたか?」
 微かに息を弾ませながら彼は逆に聞き返してきた。
「……朝、顔を見ただけだ」
 言葉を返しながら、劾は眉を寄せる。
「後探していないのは、どこだ?」
 まさかと思いつつさらに問いかけの言葉を口にした。
「図書室です。あそこに入り込まれると……流石に、簡単に見つけられませんから」
 この言葉に、劾は頷いてみせる。
「夕べ眠れなかった、とかで……何やら、仕事もされていたようですし」
 さらに付け加えられた言葉に、そう言えば、今朝、どこか眠たそうだった……と思い出す。
「……図書室で居眠りをされていたら、探すのはかなり難しいな」
 自分にも経験はある。まだ、二人とも幼かった頃、カナードと図書室で居眠りをした結果、閉じ込められたことがあるのだ。
「何か、急用なのか?」
「と言うわけではありませんが……お食事をされていませんので」
 だから、とプレアは心配そうに付け加える。
「まぁ、それに関しては自業自得だろう」
 何かつまめる物を用意しておいてやってくれ。そう口にしながらも、何かが引っかかってしまう。
「……今日の仕事が終わっているなら、目をつぶってやれ」
 後で本人を問いつめるか。そう心の中で呟いていた。


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