これもまた、蛇の道は蛇……と言うのだろうか。
 十日と経たずにロウは森に入ったことがある全ての者達に会って話を聞いていたようだ。
「やはり、あのお姫様らしいぜ」
 マルキオから借りていった肖像画を見せたら、全員が全員『その人だ』と言った。彼はそう告げる。
「……時が止められているというのも事実なんだろうな。この絵姿のままの姿だったそうだ」
 その瞳の美しさと優しい手の感触から、本当に女神が姿を現したのではないか、と子供達は思ったのだそうだ。彼はそうも付け加える。
「それと、全員とは言わないがほとんどの子供達は、森の中で怖い《何か》に追いかけられたそうだ」
 それに気付かなかったのは、本当に小さな子だけだ。そうもロウは報告をしてくる。
「と言うことは……あれの妄執もまだ消えていない、と言うことか」
 カナードは微かに眉を寄せながらこう告げる。
 あの姫と同じ時を過ごした者達の半数以上が既に鬼籍に入っている。それ以外の者達もほぼ引退をしているようなものだ。
「だろうな」
 それなのに、彼女だけはあの時のまま留まらざるを得ない運命を背負わされた。
 しかも、だ。
 彼女は親しい者達の《死》すら知ることが出来ない。
「それと、だ」
 ロウは表情に不快なものを滲ませると口を開く。
「あの森を開放しろと言っているのは、かつてのオムニ、から移住してきたものだ。連中は今でも、女神の存在を否定している」
 そのせいで、他の者達との折り合いが悪くなっている。
 だが、自分の考えを変えようとはしない。
 その結果、ますます周囲から孤立していく。
「悪循環だな」
 あきれたようにカナードはこう呟いた。
「そうなんだけどな。問題は、それを『間違っている』と認識していないことだよ、そいつが」
 むしろ、自分の方が正しいのだ。そう言ってはばからない。
「……一番怖いのは、そいつが森に入れる人間だったときだけど、な」
 あの男の思考とよく似ている存在。それをあの場に残された《妄執》が見逃すだろうか。
「どうだろうな」
 しかし、監視をしておいた方がいいだろう。カナードはそう判断をする。
「他にも、あいつのような存在がいるかもしれない可能性はあるから、ギルドの方には声をかけておいた」
 いたら報告が来ることになっている。ロウはそう言った。
「すまない」
「気にするなって」
 彼はそう言って笑う。
「マルキオ様の話を聞いた上で、子供達のそれを聞いて歩いたらさ。俺も、あそこには触れない方がいいと思えたんだよ」
「と、言うと?」
 まだ自分が聞いていない話があるのか。そう思って、カナードは次の言葉を促す。
「泣いているところに、あのお姫様が来てくれたんだと。そして、そのままそっと抱き上げて森の入口まで連れて行ってくれた、と一番小さな子が言っていたな」
 その他の子供達も同じように出られなくて泣いているところにその人が来てくれたのだ、とか。
 彼女が触れた瞬間、何故かそれまで見えなかった道が見えるようになった。そう言っていた子供もいた。そうも彼は付け加える。
「……女神のご加護、と言うことか?」
 彼女だけは正しい世界が見えているのだろう。だから、彼女に触れた瞬間、偽りの世界は消え失せるのではないか。
 だが、とカナードはため息をつく。
「逆に言えば、その事実を耳に入れてあの方の存在を利用しようと考える者がいるかもしれないな」
 世界のために全てを捨てる決意をした人をまた世俗の道具にしようとする。そのようなバカがいることも否定できない事実なのだ。
「……大人の前には姿を現さない。二度目は姿を見せない、と言う話もあるけどな」
 既に噂として囁かれているようだ、とロウは教えてくれる。
「それを信じてくれればいいんだが」
 バカは自分にとって都合のよい話にしか耳を貸さないものだ。だから、危険性がないわけではない。
「ともかく、劾に相談をしてみれば?」
 彼であれば、そのあたりの対処はなれているだろう? とロウが言ってくる。
「……まぁ、な」
 しかし、そうなれば自分にも監視が着けられるだろうな……と心の中で呟く。だが、彼であれば確実な方法をとってくれることも否定できない事実だ。
「いっそ、吟遊詩人にでも、あの姫のことを歌わせたらどうだ?」
 ふっとこんなセリフを彼は口にする。
「逆効果になる可能性もあるぞ」
 その話を聞いて、我こそは……と押しかける連中が出てくるかもしれない。それが想像できたからこそ、ラクス達は積極的にその話を広めなかったのではないか。
 もっとも、周囲の者達がみな知っていたから、広める必要がなかった……と言う可能性もあるが。
「……それでも、他のみなに相談しておいた方がいいだろうな」
 ここにラクスがいてくれればどれだけ心強かっただろうか。不意にそんな考えが浮かんでくる。
 だが、カナードはすぐにその考えを振り捨てた。
 王は自分だ。
 決して、祖母の力だけで国を治めてきたわけではない。そして、これからも、だ。
「悪いが、もうしばらく付き合ってくれ」
 だからといって、自分に足りない分を補ってくれる彼等を不要だとは思わない。そう考えながら、カナードはロウに向かってこう告げた。


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