「それに関して何だけどな」
 重くなった空気を打ち破ろうとしているのか。不意にロウが口を開く。
「俺が聞いてきた話だと、あの森には既に何人かは入り込んでいるって言うことだぜ」
 この言葉を聞いた瞬間、誰もが表情を強ばらせた。それは、神殿だけではなく王家に対する背信行為と言われても文句は言えないのだ。
「もっとも……戻ってこられるのは、ほんの一握り。それも、子供が多いって話だが」
 自分も話半分に聞いていたから、詳しいことまでは知らないが……と彼はそう付け加える。
 しかし、と言葉を続けた。
「その子供達がそろいも揃って『誰かに呼ばれた』ところを『お姫様がお家に帰りなさいと言ってくれた』と言って送ってくれた、と言っているんだな」
 だから、子供ならば入れるのではないか。
 そう言って、またかえってきた子供を森に放り込んだ親がいた。しかし、その子は帰ってこなかったらしい。そんな話も聞いている。
「もっとも、確認したわけじゃないから、どこまで本当かはわからないがな」
 ただの噂にしても、聞いた場所も違えば、細部も異なっている。共通しているのは、お姫様の容姿ぐらいか? と彼は続けた。
「どんな顔をしているんだ?」
 ロウのことだ。そのあたりの情報もしっかりと掴んでいるだろう。そう考えてカナードは問いかける。
「栗色の髪にすみれ色の瞳、と聞いたからさ」
 前者だけならばいい。
 しかし『すみれ色の瞳』という時点であり得ないと判断してしまったのだ。ロウはそう口にした。
「何故……と言いたいところだが、たしかに、俺でも同じ判断をするだろうな」
 劾もこう言って頷いてみせる。
「どうして、だ?」
 意味がわからない、と告げたのはイライジャだ。その彼に劾が少しだけあきれたような視線を向ける。
「……すみれ色の瞳、というのはオーブ王家の人間に多く生まれる。もちろん、それ以外の血筋にも生まれないことはないが、その確率は低い。そして、そのほとんどが神官となるべく神殿へあがる」
 女神と同じ瞳の色だから、と劾は続けた。
「……それを言うなら、カナードの瞳もそうだろう?」
 イライジャが即座に反論を口にする。
「俺もオーブ王家の血をひいているが?」
 忘れているようだが、とカナードはため息とともに口にした。
「ともかく……その話についてもう少し詳しい情報を知りたい」
 カナードはこう告げる。
「それが真実であれば、禁域への立ち入りについて対処を取らなければいけないだろうからな」
 人々が畏れを抱くだけならばいい。
 だが、そのせいで怒りを覚え、あの森によからぬことをしたらどうなるのか。
 最悪、今耳にした呪いを世界に振りまくことになる。それがなくても、自分は同じアスハの血をひく最後の肉親を失うことになるだろう。
 顔も見たことはない相手だ。
 そう言って切り捨ててしまえばいいのだろうか。
 だが、それはできそうにない。
 それはどうしてなのだろう、とそう心の中で呟く。
「わかった。取りあえず、報告はお前のところですればいいんだな?」
 ロウがこう問いかけてくる。
「そうしてくれ。劾は……すまないがミゲルおじいさまの日記か何かを探してくれないか?」
 彼が森の中に足を踏み入れることが出来たというのであれば、その時のことがどこかに書き残されているかもしれない。
 カナードのこの言葉に、劾は静かに頷いてみせた。
「しかし……」
 小さなため息とともに彼は口を開く。
「何故、おばあさまはそれに関してお前に知らせなかったのだろうな」
 もっと早くに教えていれば、ここまで対策が後手に回ることはなかったのではないか。
「……私の推測ですが」
 マルキオの声が静かに割り入ってくる。
「ラクス様はカナード様がミゲル殿と同じ資質を持っていたことを怖れておいでだったのではないかと」
 ある程度分別が付いてからのことであればいい。
 だが、まだまだ自分の欲求を押さえきれない時にその話を聞いたならばどうなるか。それがわかっていたからこそ、彼女はあえてその話題から彼を遠ざけていたのではないか。
 マルキオの言葉にカナード以外の者達納得をしたように頷いている。
「その可能性は十分に考えられるな」
 と言うよりも、カナードであれば絶対にそうしただろう。劾がきっぱりとした口調で断言をしてくれる。
「ならば、今でもまずいんじゃないのか?」
 ロウはロウでこう言った。
「そいつって、自分の目で確認しなければ納得できない性格だろう?」
 今回のことも、自分で調べに行こうとするのではないか。そう言われて、カナードは少し焦る。そうしないとは自分でも言い切れないのだ。
「……プレア……」
 小さなため息とともに劾がカナードの侍従へと声をかける。
「わかっています。ちゃんと側にいます」
 即座に彼は劾に言葉を返した。
「……プレア……それに劾も」
 二人とも自分を信用していないのか、とカナードは思わず彼等をにらみつけてしまう。
「ただ、万が一の可能性を心配しているだけだ」
 それを気にする様子もなく劾がこう言い返してくる。
「現在、王家の人間はお前だけだ。そうである以上、少しでも危険性は排除したい」
 国が乱れる可能性があるから、と言われてしまえば、カナードも反論は出来ない。
 それでも、だ。
 本当にその姫がいるのであれば、自分は会ってみたい。そして話をしたい、と言う気持ちも抑えられない。それもまた真実だった。


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