本神殿へたどり着いたカナード達を待っていたのは、大神官だった。
「お待ちしておりました」
 遠くにオーブ王家の血をひく彼は、こう言って微笑んでみせる。
「……先触れを出したわけではないのだが……」
 どうしてわかったのだろうか、と思いながらカナードはこう呟く。
「それは……女神のご加護としか申し上げられません」
 彼の盲目の双眸は、それだからこそ真理が見えるのだ。そうも言われている。
 それ以上に彼に関する不思議は、いつからこの神殿で大神官の地位についているのか、正確に知っている者は誰もいない、と言うことか。
 噂によれば、彼はアスランとカガリの結婚式を取り仕切ったとまで言われている。
 それが本当かどうかは知らないが、祖母――ラクスと親しい人間であったことはカナードも覚えていた。
 だから、彼がそう言ったことは不思議に思っても疑う気持ちはない。
「そうですか。ですが、わざわざお出迎え頂かなくても……」
 最近は、すっかり小さくなってしまったその体を心配して、カナードはそう告げる。
「みな、そう言いますが……少しぐらいは体を動かさないと、それこそ体が衰えるだけですからね」
 何よりも、と彼は微笑む。
「貴方様は、オーブ直系の血をひくお方。女神のご加護を受けた一族の末裔。ですから、当然のことです」
 この人は昔からこうだった。はっきり言って、口では勝てないんだが……とカナードは苦笑と共に心の中で呟く。
「それよりも、いつまでここで立ち話をしているつもりだ?」
 あきれたように劾が口を挟んでくる。
「お前が動かなければ、マルキオ様だって動けないのだぞ?」
 どう考えても八十歳は超えているだろう人物を、いつまでも風に当たらせておくな……と彼は注意の言葉を口にした。
「……申し訳ない」
 そう言えばそうだった。
 カナードはその事実を思い出して謝罪の言葉を口にする。
「お気になさらずに」
 それよりも、中へ……とマルキオはきびすを返す。
 杖をつきながらも彼の足取りはしっかりとしたものだ。その事実にカナードは感心をする。
 おそらく、自分が斬りかかっても彼は避けることが出来るだろう。
 だからこそ、彼は得体が知れないのだ。
 もちろん、それが尊敬できるかどうかという問題とは別問題ではあるが。
「マルキオ様」
 あることを思いだしてカナードは彼の背中に呼びかける。
「何でしょうか、カナード様」
 すっと足を止めると彼は顔を向けてきた。見えぬはずなのに、必ず彼は相手へと視線を向けてくる。
「話が終わった後で構わない。書庫に入る許可をいただけるか?」
 自分は知らないことが多いらしい。だから、知ることが許されることは全て知っておかなければいけないのではないか。
 今まではラクスに聞けばよかったのだが、これからはそうはいかないだろう。自分で判断を下すためにも、それが必要であるはずだ。
「もちろんですよ」
 貴方がそのおつもりなのであれば、自分は援助を惜しまない。そう言ってマルキオは微笑む。
「ですが、その前に私に付き合ってください」
「わかっています。私も、貴方にお聞きしたいことがあります」
 祖母が教えてくれなかったことも、彼ならば……と心の中で付け加える。あるいは、どうして祖母が教えてくれなかったのか、をだ。
「それはそれは……」
 マルキオの口元に優しげな笑みが浮かぶ。
「昔は、勉強と聞くと一番最初に逃げ出されていた方が……」
 そのまま、とんでもないことを口にしてくれる。
「マルキオ様……」
 だから、年てこのような場でそれを告げるのか。思わずそう言い返したくなる。
「ラクス様が貴方に本を読ませるのにどれだけ苦労されていたか」
 頼むから、そういう話はせめて部屋に着いてからにしてくれ。そう思うのは間違いなのだろうか。
「その貴方が、ご自分から本を読まれたいとおっしゃるとは」
 年はとるものです、と彼は付け加えるとまた歩き出す。
「……お前達……」
 背後から不穏な気配が伝わってくる。
「何も言うなよ?」
 そんな彼等に向かって、カナードは殺気を滲ませながらこう告げた。
「心配するな。お前の悪行は、俺もマルキオ様に負けないだけ知っている」
 さらりと言い返された言葉が怖い。
「ひょっとして、ここに俺の味方はいないのか?」
 これに関しては、とカナードはため息をつく。それに誰も言葉を返してくれなかった。


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