現在、王宮が置かれているのはかつてのプラント王宮だ。
 だから、その森まで馬で駆けていっても半日ほどかかる。それが訓練にちょうど良い、と劾が言った由縁だ。
「……凄い、な……」
 まったく人の手が入っていないからだろう。そこは内部の様子が見えないほどうっそうとしている。
 しかし、だ。
 あの話が本当なのであれば、この森は出来てから五十年あまりと言うことになる。
「たしかに、凄いですが……でも、怖いです」
 プレアが小さな声でこう呟く。
「たしかに。あそこは異質だ」
 劾は劾で何かを感じ取ったのだろう。こんな言葉を漏らしている。
「だよなぁ……それなのに、ここを解放しろってか?」
 何を考えているのか、と口にしたのはイライジャだ。彼にしても何かを感じ取っているのだろう。
「風花を置いてきて正解だったな」
 ぼそり、とカナードはこう呟く。好奇心旺盛なあの子供であれば、周囲の誰が止めようと森の中を探索しようとするに決まっている。
 だが、あれだけのいわれがある場所だ。
 そして、自分たちにこれだけ異質な感覚を与えてくる。
 それが普通の場所であるはずがない。
「まぁ、大丈夫じゃないかな」
 しかし、ロウはこんなセリフを口にした。
「どういうことだ?」
 そう言えば、この森のことで自分たちが知らないことを彼は知っているようなことを口にしていたな……と思いながら問いかける。
「この森は、普通は入れないんだよ」
 こう言いながら、彼は真っ直ぐに森の中に足を進めていく。
「ロウ!」
 何を考えているのか、と言うように劾が呼びかけた。
「いいから、見てろって」
 そう言いながら、彼は無造作に森の中に足を踏み入れる。その背中が低木の影に消えた……と思った次の瞬間だ。
「嘘だろ」
 イライジャが驚愕の声を上げる。
 だが、それは他の者達の気持ちを代弁しているだけのものだ。
 彼等の視線の先でロウが森の中から姿を現している。しかし、それは彼が先ほど足を踏み入れた場所ではない。
「つまり、こういうことだ」
 カナード達の視線に気が付いたのだろう。彼はこう言って肩をすくめてみせる。
「俺のように普通の人間はこうやって森から追い出される」
 こう言いながら、彼はこちらに歩いてきた。
「ただ、時々森に呼ばれる人間がいるらしいんだな」
 入っても出てこない連中がいる。顔をしかめながら、彼はこう続けた。
「入っても出てこない?」
 それはどういうことなのか……と問いかけようとしても彼も答えを持っていないと気が付く。確認しようがないからだ。
「あぁ。もっとも、戻ってきた奴も少しだけだがいるようだけど、な」
 面白そうだから、聞いて来たが……と彼は笑う。
「……お前……」
「いいだろう? 危険なのかそうではないのかを確認するのも商人の役目だ」
 お互いにそれを交換しあうことで、事故や何かで失われる命を減らしていのだし、と付け加えられては何も言い返せない。
「……ともかく、このまま本神殿へ行こう」
 あそこでも話を聞くことが出来るだろう。それでなくても休むことが可能であるはずだ。
「そうした方が良さそうだな」
 劾も頷いてみせる。
「誰が聞いているかわからない場所ですべき話ではないだろう」
 それに、と微かに彼は眉を寄せてみせた。
「どこにバカがいるかわからないからな」
 不本意だが、と劾がため息をつく。
「まぁ、俺たちが側にいる限り、そんなバカをお前に近づけるつもりはないがな」
 近づけたとしても、そう簡単にやられるような腕前に育てたつもりはない。そうも付け加えられて、カナードは苦笑を返す。
「そうだったな」
 かなりしごかれた記憶がある。だから、素直に頷いた。
「では、行くぞ」
 茶の一つでも出てくるだろう。そう判断をしてカナードはきびすを返す。そして、馬へと歩き出した。


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