劾の本意がわからない。 しかし、それを確認しているひまもなかった。 「……また、だと?」 あの森に火を付けようとしたものを捕まえた。その報告に、カナードはあきれるしかできない。 「はい……ただ、今回はちょっと様子が違っていて……」 困惑したように騎士の一人が口を開く。 「団長も相手の身分と言い分に手を焼いておられるようです」 だが、劾だから、その位ですんでいるのではないか。彼はそう続ける。 「そんな厄介な奴なのか?」 いったい誰なのか。そう思いながら、カナードは腰を浮かせた。 「カナード様?」 「そいつの顔と言い分を確かめてやろう、と思ってな」 直接、そいつの前に顔を見せなければ大丈夫だろう? とカナードは問いかける。劾が尋問をしている部屋は、隣の部屋からのぞき見れる場所だろうし、とも付け加えた。 「わかりました」 あっさりと頷いたのを見れば、あるいは最初からその予定だったのか。劾は心配していたのは、自分が直接尋問をしようとすることなのかもしれない。 「どこだ?」 色々と言いたいことはあるが、この目で確認できないよりはましだ。確認したいことは後に回してでもいいだろう。 そう判断をしてこう告げた。 「こちらです」 先に立って彼が歩き出す。その後をカナードは黙って付いていく。 それにしても、ここ最近、同じような事件が多いような気がするのは錯覚だろうか。おそらくそれは、あの森を直轄地にするという根回しが終わりつつあるからだろう。 「……自分の手に入れられない者であるのなら、壊しても構わない、と思っているのか……」 それとも、萌えてしまえばあの森は価値を失うと想っているのか、とカナードは心の中で呟く。 どちらにしても、それを認めるわけにはいかない。 「あの森の監視は、どうなっている?」 確か、騎士団が交代で行っているはずだ。だから、彼も知っているだろう。そう思って問いかける。 「現在、三つの隊が日に三度、それぞれ時間をずらして見回りをしています。それと、街道と接している場所には番所があります」 なかなかその役目は人気なのだ……と彼は苦笑と共に告げる。 「人気?」 「……騎士団には、貴族でない者も多いですから。そのような者達には、貴族のお姫様は高嶺の花ですし……」 そこまで言われてだいたい想像が付いた。 「任務に支障が出ないうちは、黙認しておけ」 確かに、出会いが少ないと言われていたからな。だから、任務に支障がなければ構わないだろう。 「……しかし、それだけ努力をしているのに、どうしてバカが掴まるんだ?」 「街道の側ではないからです。ついでに……地元の人たちが番所に連絡してくれるので」 自分たちがいるおかげで、周囲の治安がよくなったと言われていますし……何よりも、あの森の意味が浸透してきているらしい。 特に、女性陣はあの森に捕らわれている姫君に同情的だから……と彼は教えてくれた。 「そうか」 それならばいいが……とカナードは呟く。 少なくとも、民衆はキラの敵にはならない。 そうなれば、一部の馬鹿者を排除すれば彼女の身に危険は及ばないはず。 「ならば、早々にけりを付けなければいけないな」 この言葉を口にすると同時に、カナード達は目的地へとたどり着いていた。 「カナード様」 案内してくれた騎士が声を潜める。その理由もわかっているから、カナードも頷き返す。 そのまま狭い小部屋へと体を滑り込ませる。 そこからは、劾達の姿だけではなく声も確認できた。 「あの森の恩恵を独り占めしている人間などどうなってもいいだろうが。それこそ、国に対する背任ではないか」 即座に耳に届いたこの言葉に、カナードは眉を寄せる。 あの森の実情を知っていれば、そのようなことが言えるはずがないのだ。 「……あの森に生き物はいないというのに……」 実がなる木も、ほんの僅かしかない。おそらく、それはキラが生きていくのにぎりぎりの量しかないはずだ。 それなのに、あの男の中では捨てられるほどあると決めつけられている。 その理不尽さに、怒りを押し殺すのも難しい。 「あの森にいるのは、女神の加護を受けた娘などではない! ただの簒奪者だ! だから、火で清めなければいけない。そう、御師さまがおっしゃっていた」 王もみなも、騙されているだけだ、とも。 「だから、正しいことをしているのだ!」 そういっている男の言葉をもう聞いていたくない。 「……それが、貴様達の領主の言葉か!」 それでも、自分には聞く義務がある。そう思っていれば、劾の低い声が耳に届く。 「そうだ!」 自信満々に犯人は口にする。 「……あれは……ガルシアの手の者か?」 隣にいた者に、そっと問いかけた。 「そうです。複数の者が確認しました」 ならば、とカナードはうっそりと嗤う。 「監督不行届で、あの男を処分できるな」 抵抗するようならば、実力行使をしてもいいか。そんなことも呟く。 「カナード様?」 「まぁ、みんなと相談してからのことだろうがな」 今まで集めた背任の証拠もある。それとあわせれば誰も『否』とはいわないだろう。カナードはそう考えていた。 |