しかし、希望はついえるものなのかもしれない。
「……プロフェッサー?」
 もう一度言って欲しい。カナードはその言葉とともに彼女の顔を見つめる。
 いや、彼だけではない。劾やメリオル、それにプレア達もだ。
「……私たちが生きている間に、あの方をあの森から解放をすることは難しい。そう申し上げました」
 悔しいですけど、とプロフェッサーは付け加える。
「もしここに、彼女と同程度、女神のご加護を受けた存在がいれば、話は別です。しかし……オーブ王家の血をひく方々にも、そのような存在はおられません……」
 それはカナードもよく知っている。
 女神の声を聞くことが出来る存在は、神官達の中にも減ってきているのだ、ということもだ。
「そうなると、それを補う《何か》を用意しなければいけないのよね」
 女神の力を直接変換するのだ。生半可な材質ではいけない。
 その理屈はわかる。
「……何よりも、それに刻み込まなければいけない呪文は、普通の人間には目にすることも出来ないわ」
 何よりも、と彼女はさらに言葉を重ねた。
「彼女を救いたいと思っている人間が、その願いを刻みつけなければいけない。そうなれば、出来る人間はさらに限られてくる」
 この場であれば、自分だけではないか。カナードはそう考える。あるいは、メリオルもその一人に数えてもいいのか、と心の中で付け加えた。
「だからといって、何故、俺たちが生きている間では不可能なんだ?」
 多少の無理であれば出来る立場に自分はある。それなのに、とカナードは疑問をぶつけた。
「まだ、材質を見つけられません。そして、見つけられたとしても、必要な量を入手できるかどうか」
 他にも、問題は山積している、とプロフェッサーはため息をつく。
「ただ、それらが解決されれば可能性は残されています」
 一番厄介なものは、ラクス達が残していってくれたから。その言葉に、カナードだけではなく劾も驚いたように彼女を見つめた。
「何だ、それは」
「……カナード様がお持ちの守り石です」
 その言葉に、カナードは反射的に自分の胸元を押さえる。
 決して、それは外してはいけない。
 できれば、カナードの子供にも、そのまた子供にも伝えていって欲しい。
 それがアスランとカガリの望みだった。
 こう教えてくれたのはラクスだ。それ以来、そこにその守り石は存在している。
「……これが?」
 しかし、これがどうして……と思う。
「私も、それがどうして作られたのか、その製造方法はわかりません。おそらく、ラクス様が破棄されたものと推測できます」
 邪法すれすれのものだから、とプロフェッサーは続けた。
「ですが、それを選ばれた理由も、理解できます」
 彼等はずっと、キラを人身御供にしてしまったことを悔いていたのではないか。だから、と重ねられた言葉にカナードも共感できる。
「……つまり、あの方々は、ご自分の子孫の誰かが彼女を解放してくれる。そう信じていたと言うことか」
 劾が呟くように口にする。
「そうだと。それも、一人ではなく複数の者達が、です」
 いや、そうせざるを得なかったのではないか。プロフェッサーはため息とともにそうも付け加えた。
「逆に言えば、お一人でこれだけの方法を見つけられたラクス様には、感嘆の言葉しか出てきませんわ」
 自分たちが見つけられたのも、彼女が印を残していってくれたからだ。自分たちはそれをつなげただけだし、とプロフェッサーは告げる。
「どう、するんだ?」
 彼女の説明が一段落付いた、と判断したのだろう。劾がこう問いかけてくる。
「どうとは?」
「……諦めるのか、それとも、その方法を試すのか、という意味だ」
 どちらにしても、カナードは《キラ》ではない他の《誰か》を妻に迎える必要があるだろうが。彼はさらりと、今触れて欲しくないこと口にしてくれる。
「諦めるつもりはない……俺は、キラにあそこにいて欲しくないだけだ」
 自分が森に入ったときに感じる《殺気》を彼女が感じていないとしても、それがいいとは思えない。
 何よりも、自分だけ世界から取り残されている。
 そう認識して生きていかなければいけないのは、どれだけ辛いことか。
「……王としての義務は果たす。前にも、そういっただろう?」
 だから、このくらいのワガママは許して貰いたい。言外にそう告げる。
「お前が義務を果たすのであれば、俺は何も言わない」
 多少のことは見逃してやろう、と劾はあっさりと引き下がった。
「そうだな。必要なら、俺らが探し物はしてやるし」
 ロウもこう言って口を挟んでくる。
「あなたがそのおつもりなら、私は調べものを続けるのはやぶさかではありませんわ」
 知識を広めていくのが自分の願いだから。そういってプロフェッサーも微笑む。
「だが……キラは悲しむだろうな……」
 この事を知れば、とカナードは唇をかみしめた。
「伝えなければ、よろしいのではありませんか?」
 彼女に、その話をしたことはないのだろう? とメリオルが問いかけてくる。
「……その時に、驚かせようと思っていたからな……」
「ならば……今まで通りにされていればよろしいのではないでしょうか」
 彼女に会いに行きたいのであれば、行けばいいだろう。そう続ける。
「……風花が花を植えてくれて、嬉しい……そういっていたそうだな、あの方は」
 珍しく、劾がこんなセリフを口にした。
「劾?」
 何を考えているのだろうか。そう考えながら彼の顔を見上げる。
「……俺だって、あの二人の孫だぞ」
 それが、彼の答えだった。


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