「……ラクス様が教えられなかったとすれば、何か理由があってのことだと思いますが……」
 プレアがこう言いながらカナードにお茶を淹れたカップを差し出してくる。
「お前は知っているのか?」
 ならば、とカナードは聞き返す。
「僕は、祖父から聞いた記憶があります。祖父は……曾祖父から聞いたとか」
 そう言いながら自分もまた手近なイスに腰を下ろす。
「お前さんの曾祖父、と言えば……あの《ムウ・ラ・フラガ》か」
 ロウの問いかけにプレアは素直に頷いてみせた。
「あの森は、曾祖父が若い頃はなかったのだそうです。もっと正確に言えば、オムニとの戦争が起こる前は……」
 オムニの王がオーブとプラントに攻め込んできた。
 それは、彼の国がこの二国の繁栄をねたんでのことだったらしい。そして、アスランとカガリが婚約することで、さらに強い結びつきを生じることを疎んじてのことだったのではないか。
「カガリ様には、双子の妹君がおられました。オムニの王は最初、その方に求婚をしたのだそうです」
 そうすることで、オムニもまたオーブとの繋がりを手に入れようとしたのだろう。
「それが、どうしていけないんだ?」
 王家の人間であれば、政略結婚は当然だろう……とロウが問いかけてくる。
「その方は《女神の愛し子》とだったのだそうです。ですから、そのころにはもう、神殿へとお入りになっていたはずです」
 この言葉に、ロウだけではなく劾も眉間にしわを刻んだ。
 神殿に入っていたのだとすれば、俗世と切り離されていたはず。まして、あのころのオーブの王族は十二の年まで性別を隠すのが恒例だった。と言うことは、彼女は性別を知られていなかったに決まっている。
 何よりも、女神の加護を得ている存在をただの道具にしようとしたと言うのが許せない。
「……下種が……」
 思わずこんな呟きがこぼれ落ちてしまう。
「確かに」
 それに同意を示したのが劾だと言うことに、少しだけ意外性を覚えた。
「女神のご許可があれば還俗して婚姻を結ぶことも可能だと聞いたことがあります。ですが、あの方にはそれがなかった」
 何よりも、妹姫を政治の道具にしたくなかったカガリがそれを突っぱねたらしい。
 それを逆恨みしての宣戦布告。
 それだけであれば、何事もなく終わったのではないか――オーブとプラントの連合軍の勝利によって。
 しかし、何故かオムニに押されることになった。
「それは俺も知っている。確か、オムニの王は禁呪使いだったのではないか?」
 兵士達にそれをかけ、自分の傀儡にしていたはず。
 恐怖も何も感じない兵士ほど嫌なものはない。親しいものが死んでも気にすることなく襲いかかってくる。そんな存在を止めるには、それこそ息の根を止めるしかなかったのではないか。
 一人二人であれば、さほど苦ではない。
 だが、戦争となれば、どれだけの兵士を屠らなければいけなかったのか。そう考えるだけで頭が痛くなる。
「それでも、オーブとプラントにはアスラン様とカガリ様の存在だけではなくラクス様もおられました」
 そして、神官としてカガリの妹姫も。
 その存在があったから、次第にオムニはその勢力を失っていった。
 そのまま大人しく引き下がってくれればよかったのだ。
「……最後の瞬間、オムニの王はこの世界に呪いをかけようとしたのだそうです」
 だが、それをかの姫が女神のお力を借りて一身に引き受けてくれた。
「それで、世界は救われました。でも……姫君はその呪いのせいであの場所に縛られることになったのだそうです。あの男の妄執が消えるまで」
 その姫君を捕らえるかのようにあの森が出来たのだ、と聞いている。
「あそこは、人間には危険なのだそうです」
 姫君の犠牲にもかかわらず、あの男の妄執は完全に封じることは出来ていない。
 あの森に入ったものは、それにとらわれるらしい。
「……もっとも、それをものともせずに足を踏み入れられるものも、ごく僅かですがいるとか」
 確か、ラクスの夫――カナードの外祖父であるミゲルがそうだったときいている。プレアはそう付け加えた。
「そうなのか?」
「はい。曾祖父が、そのことで悔しがっていたとも聞いていますから」
 その姫君を側で支えてきた自分は顔を見に行くことも出来ないのに、と言う理由だったのは、同情するべきなのかどうかちょっと悩むが。彼はそうも続ける。
「……そうなのか……」
 初耳だ、とカナードは呟く。
「そっちの方が驚きかもな」
 ロウがこう口にした。
「きっと、何か理由があるのだろう。ラクス様が何の理由もなくそのようなことをされるとは思えない」
 だが、それをもう彼女に問いかけることは出来ないだろうが……と劾が言葉を口にする。
「そうですね。あの方が何の理由もなくそのようなことをされるはずがありません」
 プレアも頷いてみせた。
「……おばあさまは……俺に、同じオーブの血をひく方がもう一人いる、と教えてくれたんだ」
 プラントの血族であれば、劾をはじめとした従兄弟達がいるが……とカナードは付け加える。
「それが、贖罪の姫君のことなのでしょうか」
「わからない」
 おそらくそうなのではないか、としかいいようがない。しかし、それを確認することは出来ないのだ。
「ともかく……その禁域の森に行ってみるか」
 それから考えても遅くはないのではないか、とカナードは口にする。
「そうだな。騎士団の訓練にも丁度いい距離だ」
 劾も同意をしてくれた。
「なら、俺も付き合っていいか?」
 自分の方も確認をしてから話をした方がいいかもしれない。ロウもこう告げる。
「かまわん」
 付いてこられるなら、と言い返せば彼は満足そうに頷いてみせた。


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