「……ガルシア、か」
 あの小心者がよくも、こんな大胆なことを考えたものだ。カナードは呟くようにこう告げる。
「小心者だが、同時に貪欲だからな、あいつは」
 即座に劾がこう言い返してきた。
「あいつにしてみれば、あの森は喉から手が出るほど欲しいだろうな」
 あの森と接している場所に本拠地を構えている以上、と劾は口にする。そして、あの男は税を目当てに、無節操としか言いようがないほど流民を受け入れていた。
 だが、土地は無制限ではない。
 当然、何も出来ぬ者達が出てくる。しかし、それでも税金は取られるのだ。
「……あそこを手に入れて、不満を収めようという腹づもりか……」
 王である自分に無断で……とカナードは怒りを覚える。
「あの男は、あそこが禁域だと知っているはずだろうが」
 少なくとも、一地方を任されているのだ。知らないと行ってごまかせるようなことではないはずだ。
「……あるいは……」
 ふっと何か思いついたという表情で劾が口を開く。
「十三年前のあの一件も、奴が絡んでいるかもしれないな」
 その言葉にカナードの表情が強ばる。
「劾!」
 何が言いたい、とその呼びかけにこめた。
「確証はない。ただ、前国王夫妻が亡くなられたのは、ガルシアの所領と公領との境だったはず」
 正確に言えば、ガルシアの所領ではない。公領で襲われている。
 だが、あのように襲撃に適している場所を賊はどうやって知ったのだろうか。
「襲撃だけならばまだしも、逃走にも適した場所は、そうないぞ」
 確かに、そのせいで首謀者を捕まえることが出来なかったのだ。とらえられたのは、ほとんどがそそのかされた者達だけだった、とカナードも記憶している。
「……似ているな……」
 状況が、と思わず呟いてしまう。
「あぁ。あの暴漢の一件だろう」
 確かに、よく似ている……と劾も頷いてみせる。
「よくあることではあるが、な」
 それもわかっていることだ。
「調べて、くれるか?」
 もし、ガルシア過疎の周囲の者達が何かを画策しているのであれば、それを食い止めるのは自分の役目だろう。
「もちろんだ」
 そうだとするならば、王家に対する反逆だろう……と劾も頷く。
「まぁ、そろそろバカが出てきてもおかしくはないが」
 カナードの地盤はまだまだ脆弱だと思っているだろう。そして、今、この時期であれば王家の血を絶やすことが出来る。そうなればどうなるか。
「世界を混乱の中にたたき込めれば、国を乗っ取れるとでも思っているのか」
 自分が利益を手に入れることが出来るのであれば、民はどうなってもいいと考えているのか、と怒りがわいてくる。
「前回の時は、ラクス様のことを甘く見ていたのかもしれない」
 彼女があそこまで政治に対し有能な手腕を持っているとは誰も考えていなかったのだ。
 だが、ラクスの存在があったからこそ、カナードは王としてこの場にいられるというのも事実ではある。
「だからこそ、今なのではないか?」
 カナードの子が生まれない前に……と劾は口にした。その言葉の裏に別の意図が見え隠れしているのは錯覚ではないだろう。
「……何が言いたい?」
 それでも、確認しておくか。そう考えて、こう問いかける。
「お前が考えているとおりだ」
 要するに、女官あたりにでも手を付けて、隠し子の一人や二人、作っておけ……と言うことか。
「……俺の性格を考えた上で、そう言っているのか?」
 そういう自分はどうなのか、と言外に滲ませながら言い返す。
「わかっている。だから、無理には物事を進めていないだろう?」
 寝室に女性を放り込むようなことは、と笑いながら劾は口にする。
 実際、そうしたがっている者も多いが……と付け加えられた瞬間、カナードは思いきり顔をしかめてしまう。
「リードやプロフェッサーは、お前がその手の知識を持っていないのではないか、と本気で考えているようだがな」
「……一応、経験済みだ……」
 劾も知っているはずだが、とカナードは小さな声で付け加える。
 王宮内でそのようなことをすれば後々厄介だ。ロウにそう相談をすれば、彼はこっそりと娼館に連れて行ってくれたのだ。
 だが、劾の目をごまかせるはずがない、と言うこともわかっている。
「知っている。ロウが教えてくれたからな」
 後々のことを考えて許可を出したのも自分だ、と劾は笑う。
「おかげで助かっているが」
 しかし、それとこれとは別問題だろう……とカナードは言い返す。
「わかっている。ともかく……考えておいてくれ」
 誰を正妃に迎えたいと考えていてもいい。だが、己の血を絶やすようなことはするな。そうも付け加える。
「……劾?」
 まさか、自分の本音がばれているのか? とカナードは焦りを覚えた。
「恋情だけは、自分の意志ではコントロールできないことがある。だから、しかたがあるまい」
 ただ、義務だけは忘れるな。この言葉に、カナードは静かに頷き返した。


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