風花の姿が戻ってきたのは、自分たちの感覚ではすぐだった。
 しかし、実際はどうだったのだろうか。
「風花」
 こう呼びかければ、彼女は少し疲れたような笑顔をこちらに向けてくる。
「ただいま、です」
 それでもしっかりとした足取りで自分たちの元へ駆け寄ってきた。
「これ、母さんから」
 言葉とともに彼女は手にしていたバスケットを差し出してくる。
「お弁当だって」
 そう言いながら、風花は満面の笑みを浮かべてみせた。その表情から、何かを企んでいるように推測してしまうのは、自分の性格が悪いからか。カナードは心の中でそう呟く。
「……お弁当?」
 だが、キラは違った。
 首をかしげると、こう問いかけている。その仕草が可愛らしいと言ってしまうのは失礼なのだろうか。
「そう。もう少しお話しするんでしょ? だから、一緒に食べなさいって」
 その方が楽しいでしょう、と言っていた。そう言って風花はさらに笑みを深めた。
 自分がすれば「気持ち悪い」としか言われない言動も、子供であれば十二分に他人の心を動かすものらしい。
「そうだな。そうするか」
 別に空腹を覚えているわけではないが、食べられるときに食べておいた方がいいような気もする。そう判断をしてカナードは頷いた。
「キラも一緒に」
 そして、彼女へこう問いかける。
「僕は……お腹は減っていないから……」
 二人で、とある意味、予想されたとおりの言葉を口にした。
「大丈夫。お母さんが三人分入れてくれたから!」
 ロレッタの手料理は、ものすごくおいしいから……と風花が自慢げに告げる。
「確かに」
 それに関しては、カナードも太鼓判を押して構わないと頷いてみせた。
「付き合い程度でもいいから、口にしてくれるとありがたい」
 その方が自分たちも気兼ねなく口に出来る。そう付け加えれば、キラは少しだけ考え込む。
「……一口でいいのでしたら」
 そして、こう言ってくれた。
「それで十分だ。イスはないが……それに関しては諦めるしかないな」
 自分は別にどこでも構わないが、女性はそういうわけにはいかないだろう。カナードはそう考える。しかし、よい方法があるわけでもないのだ。
「大丈夫。ちゃんと敷物は持ってきたから」
 カナードの分はないけれど、と風花は平然と口にする。そういうあたりはちゃっかりしているのだ、彼女は。
「本当、気が回りすぎるな、お前は」
 この調子で成長していけばどうなることか。だが、王家を支える人材としてはありがたいのだろう。プレアとのことも考えればなおさらだ。
「それ、ほめているんですよね?」
「取りあえずはな」
 そう言いながら、さっさと適当な場所へと腰を下ろす。そんな彼の様子に「逃げましたね」と呟きながらも風花は持ってきたものを広げだした。
「あ、そうだ!」
 その時に、腰に付けたままのロープの存在が邪魔になったのか。勢いよくカナードの顔を見つめてくる。
「戻ってきたから、これ、外してもいいですよね?」
 腰のロープを指さしながらこう問いかけてきた。
「そうだな。役に立ったのか?」
 持っていたナイフを鞘から抜きながらカナードは問いかける。
「はい。あぁ、そうだ。一応、印をつけておきました」
 二人の姿が見えなくなった場所と、空の様子が変わった場所、それから森の外に出たところで、と風花は付け加える。
「戻ってくるときも付けたんですけど……何か、違うんですよね、距離」
 理由はわからないけど、と彼女は首をかしげた。
「ここが、あなた方の世界から微妙に切り離されている場所だから、でしょうね」
 女神のご意志によって、とキラが告げる。
「でなければ……もっと多くの人々があの男の妄執に捕らわれてしまうから……」
 もしそうなってしまえば、女神でももう、あの男の妄執を止められないから……とキラは続ける。
「……でも、どうしても入ってきてしまう人がいることも、事実です」
 それを止める方法がないわけではない。
 だが、と彼女は目を伏せる。
 そうすれば、この妄執を消し去ることも出来ない。女神の言葉はそうも伝えてきたのだ。
「……逆に言えば、俺たちの行動によって妄執を消せるか――それとも増大するかと言うことか」
 それこそ、自分の責任が重大だ。カナードは心の中でそう呟く。
「それに関しては、後で考えることにして……お弁当、食べようよ」
 風花がこう言いながら、バスケットの蓋を開ける。そこには料理が綺麗に並べられていた。
 それらを見た瞬間、キラがどこか懐かしそうな表情を作る。
「そうだな。難しいことは後で考えればいい」
 取りあえず食事にしよう。こう言いながら、カナードはまず手を伸ばした。


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