ある場所まで来たところで、キラは不意に足を止める。
「キラ?」
 どうかしたのか、とカナードは問いかけた。
「ここまで、何だ」
 それに、キラはこう言い返してくる。
「……ここまで?」
 何が、とさらに問いかけようとして、カナードは言葉を飲み込む。ある可能性に気が付いたからだ。
「ここから先に、僕はいけない……」
 それを裏付けるようなセリフを彼女は口にする。その表情は哀しげというのとは違う。全てを諦めてしまった、と言うのが一番近いのだろうか。
 どちらにしても、見ている方が胸につまされるものだ。
「……そんな……」
 実際、風花は目を潤ませている。
「しかたがないよ。あれをこの世に生み出してしまったのは、僕たちだから」
 誰かが責任を負わなければいけない。しかし、あのころ側にいてくれた人たちには、他にもっと重い責任を負っていたか、そのための力を持っていない人たちだけだった。
 だから、とキラは淡い笑みを口元に刻む。
「出来る人間が責任をとるのは当然のことでしょう?」
 その言葉に、風花は目を丸くして彼女の顔を見つめていた。だが、すぐにその顔に尊敬の色が浮かぶ。
「王家の人間の考え方だな、それは」
 カナードはカナードで感嘆したように口にする。
 そのまま、キラの手を取ると、そっと自分の方へと引き寄せる。
「だが、俺はあなたのその気持ちに感謝をしたい」
 キラがそうしてくれたからこそ、自分たちはこの世界に生まれ出ることが出来たのだ。そう付け加えると同時に、そっとその指先に口づける。
「……あの……」
 貴婦人に対するそれに、キラはとまどったような表情を作った。
 おそらく神官として育てられた彼女は、貴婦人としての扱いをされたことがないのだろう。だからとまどっているのだろうか。
「俺は、あなたと同じ血をひいていることを光栄に思う」
 そんな彼女に向かって、カナードは微笑みを向けた。そんな自分を見て風花が驚いているようだが、それに関しては無視をすることにする。
「……僕は、自分がすべき事をしただけです」
 こう言って、キラは静かに目を伏せた。
「カガリと僕の立場が逆だったら……きっと、彼女がそうしていたと思う」
 ラクスもそうだろう、とキラは付け加える。
「それでも、だ。だから、もう少し自分に自信を持っていい」
 これ以上は自分の印象を悪くしかねない。そう判断をして――多少名残惜しかったが――手を放す。
「風花」
 代わりに、少女を呼び寄せた。
「何?」
 即座に彼女は駆け寄ってくる。その彼女の腰に、ベルトに挟んでいたロープを結びつけた。
「これを付けたまま、森の外へ向かってくれ」
 途中途中で、自分たちの姿が見えているのかどうかを確認しておくように。そう付け加えたのは、森の中と外の境目がどこにあるのかを知りたかったからだ。
 同時に、ロープを付けていればこちらに戻ってこられるのではないか。そうも考えていた。
「はい!」
 わかりました、と風花は元気よく頷いてみせる。
「……えっと、カナード様?」
 しかし、キラの方はそうではないようだ。あるいは、自分がどうしてそのようなことをしようとしているのかわからないから、と言うべきなのか。
「カナードで構いません」
 血筋から言えば、自分とキラは同等なのだ。だから、とカナードは視線を彼女に向ける。
「……俺にはもう、敬称を付けずに呼んでくれる人はいませんので」
 こう付け加えれば、キラは少しだけ寂しげな視線を向けてきた。それは、彼女に時の流れを突きつけることになったからだろうか。
「わかりました」
 でも、と彼女は言葉を続ける。
「あなた方はもう二度とここには足を踏み入れられない方がいいですよ?」
 本当は、このまま森から出て行って欲しいのに、という言葉に、カナードは静かに首を横に振ってみせた。
「それでは、意味がない。少しでも正しい情報を手に入れなければ、対処も取れないからな」
 だから、それを決めるまでは何度でもここに足を踏み入れる。カナードはこう宣言をすると同時に、風花に視線を向けた。
 それだけで彼女には彼が何を言いたいのかわかったのだろう。即座に行動を開始する。
「大丈夫でしょうか」
 彼女の小さな背中を見送りながらキラがこう呟く。
「心配はいらない。あの子は、あれでも大人顔負けの判断が出来るからな」
 だから自分も彼女にこの役目を任せたのだ。
「でも……」
 あんなに小さいのに。キラはそう呟く。
「外に行けば、誰かが待っているはずだ。だから、心配はいらない」
 言葉とともにそっと彼女の肩を抱きしめる。それを振り払われないというのはどうしてなのか。
 答えはわからないが、それでも構わない。
 今だけは、この温もりは自分だけのものだ。カナードはそう心の中で呟いていた。


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