移動の間、彼女と話していた会話の内容は、ほとんどが祖父母のことだった。
 キラにしてみれば、それ以降のことは知らない。
 逆に、カナードにはラクスとミゲルの記憶はあっても、アスランとカガリのことは何も知らないに等しかった。だから、彼女の話を聞くのはとても楽しいと思える。
「……まさか、そんな人だったとは……」
 中には、一般に知られている話を吹き飛ばすようなエピソードもあって目を丸くするしかないが。
「少なくとも、王位につく前までのカガリは、かなり活発だったよ。何でも自分の目で確かめないと気が済まない性格だし」
 キサカさんやムウさん達が欲苦労をしていた。そう言って苦笑を浮かべる。
「アスランはもう少し慎重だったけど、やっぱり、自分が率先して動きたい性格だったし」
 でも、とキラは首をかしげる。
「それをしなかったのは、ミゲルさんやイザークさん達のように信頼できる人が側にいてくれたから、かな?」
 あるいは、みんなに先回りされていたか。
「……そうなんだ。先回りしちゃえばいいんだ」
 ぼそり、と風花が呟く。
「何が、言いたい?」
 その言葉に、カナードは思わずこう問いかけてしまった。
「内緒です」
 にっこりと笑いながら言葉を返してくる風花は、こん所年齢でも間違いなく《女》だ。やはり、王宮という場は子供にも悪影響を与えるのかもしれない。
「……子供は、もう少し子供らしくしていればいいものを」
 思わずこう呟いてしまう。
「無理だと思うよ」
 だが、それに苦笑混じりで反論をしてきたのは、本人ではなくキラだった。
「僕やカガリみたいに、性別なんて関係なく育てられるならともかく、小さな頃から《女性》として育てられれば、物心着いた頃には一人前の女性になっているよ」
 そう言われた、と彼女は口にする。
「そう言えば、オーブの王族は自分の身を守れるようになるまで性別を隠しておくのだったな」
 自分はどちらかと言えばプラント風に育てられたから、普通に《男》としての教育を受けてきたが。そう言葉を返す。
「そう。僕は神官になることが決まっていたから、最初からそちらの教育を受けていたけど……カガリはムウさん達に剣も習っていたし、軍事訓練にもついて行っていたよ」
 だから、それなりの実力を持っていたと思う。
「もちろん、女王としての必要な教育もしっかりと受けていたはずだけど」
 でも、自分の目から見てもカガリは雄々しかった……と彼女は言葉を締めくくる。
「……何か……今、残ってる記録のカガリ様とはずいぶん違いますね」
 と言うよりも、自分が読んだ話、といい返すべきか……と風花が首をかしげた。
「そういうものだろう。歴史なんて」
 結局は、為政者にとって都合の悪いことは消されていく。
 そして、生活にとって不要な知識もそうなのかもしれない。
 だが、どこかにそれは残るのではないか。
 でなければ、今の状況は説明できないように思う。
「……ラクスもそう言っていたよ」
 どれだけ客観的に書こうとしても必ず主観は入る。そして、どこかに真逆のことが書かれている可能性もある、と。
「だから、どのような書物でも必ず目を通すんだって、そう言っていた」
 自分が調べものをしていたときに、と彼女はさらに言葉を重ねた。
「実際……あの禁呪のことを書いてあった本は、本来、閲覧できないものだったし」
 存在すら否定されたものが書いた本だ。その言葉に、カナードは眉を寄せる。
「そのような本があるのか?」
「ラクスが持っていたよ。確か、クライン邸の隠し部屋に……今もあるのかな?」
 自分がそちらの世界にいた頃だから、今は変わっているかもしれない。キラは首をかしげながらこういった。
「処分したと聞いたことがないから、まだ残っている可能性は高いな」
 しかし、どこにあるのか。
 きっと、劾も知らないだろうが……と眉を寄せる。
「そう? なら、図書室に行ってみればいいよ。あそこの女神の浮き彫りの下に仕掛けがあったと思うから」
 はっきりとは覚えていないけど、とキラは申し訳なさそうに付け加えた。
「十分だ。後で調べてみよう」
 王城の方へは移していない可能性がある。それに、ラクスは時々あちらに戻っていたではないか。
 その時に、それらの書物を読んでいた可能性はある。
 何よりも彼女は自分が意外と本を読むことが好きだ、と知っていたではないか。
「……なら……」
 自分に読ませたくない本は自分の側に持ってくることはないはず。
 その中に《運命》に関して書かれている本もあるのではないか。
「どうかしたの?」
 自分の考えの中に沈み込んでいたカナードの耳に、キラの声が届く。
「あぁ、何でもない。それよりも……ここに花が咲いていないのも、あいつの呪いのせいか?」
 ちょっと気になったのだが、と自分の考えをごまかすかのように言葉を口にする。
「一応、咲くよ。でも……種が出来ないみたいだから、あまり増えないだけ」
 小屋の回りは、季節になればそれなりに華やかだけど、こちらまでは……とキラは少しだけ遠い場所を見るような表情を作った。
「ミゲルさんとイザークさんが植えてくれたんだけど……」
 二人が来なくなってからは、誰もそのようなことをしてくれる者がいなかったと言うことか。
「じゃ、ご飯は?」
 ご飯食べないと大変だよ、と風花が口を開く。
「小屋の向こうに、一カ所だけ泉があって……その側に、果物がなる木があるんだ」
 それは女神のご加護によるものだろう。キラはそう言い返す。
「それに……ここでは、あまりご飯を食べなくてもいいみたい」
 この言葉を真に受けていいものかどうか。カナードは少し悩む。
「なら、今度はお花を持ってきて上げる!」
 そうすれば、もっと寂しくなくなるよね? と風花は微笑んだ。
「それに、道の側にお花があれば、迷い込んだ人は自分で外に出られるかもしれないよ?」
 さらに彼女はこうも告げる。
「……本当は、ここに来る人は、いない方がいいんだけどね……」
 悲しげな表情をと共に、キラはこう呟いた。


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