やがて、小さな広場のような場所に出た。その中央に、小さな建物がある。
「あれか」
 ミゲルがキラのために作った小屋。それがまるでつい最近造られたような姿で存在をしている。
「本当に、ここは時の流れから取り残されているんだな」
「……本当。新しいですね」
 小屋に歩み寄りながら呟いたカナードに風花も頷いてみせた。
「風花」
 その少女をカナードは腕から下ろす。
「中を確認してこい」
 流石に、女性の家に自分が押し込むわけにはいかないだろう。そう告げれば、彼女にもわかったようだ。
「はい」
 任せておいて、と言う言葉とともに風花は即座に行動に出る。
 この察しの良さと対処の素早さは、本来であれば彼女のような年頃の少女が持つものではないのかもしれない。しかし、余計な説明をしなくてもすむという事実は、このような状況ではありがたいと言うのも事実だ。
 何よりも、とカナードはドアをノックしている少女を見つめながら、心の中で呟く。
 彼女の外見が今日は有利に運ぶだろう。
 キラにとっても、風花の明るさが救いになってくれればいいが。
 そんなことを考えながら、カナードは静かに目の前の光景を見つめていた。
 その時だ。
 自分に絡みついていた《殺気》が不意に強まる。
「……ちっ!」
 どうやら、これはキラに他人が近づくのが気に入らないらしい。
「彼女を抱きしめる腕もないくせに」
 それどころか、慰めることも出来ないだろう。逆に苦しめている存在が、何を考えているのか。
「お前に、キラは渡さない」
 どんなことをしても、必ず彼女を解放してみせる。
 その気持ちをこめながら、カナードは周囲を見回した。しかし《殺気》の出所はどうしてもよくわからない。
「お前は、死んでいるんだよ」
 悔し紛れにこう呟いたときだ。
「あなたは、どうして! もう来てはいけない、と言ったではありませんか!」
 カナードの耳に、怒りと困惑で彩られた声が届く。それが誰のものかなど、確認しなくてもわかってしまった。
「それに従う理由は、俺にはないな」
 微笑みと共にカナードはこう言い返す。
「取りあえず、あれは俺にはちょっかいをかけることが出来ないらしい」
 牽制をしてくるのが精一杯のようだ。この言葉とともに微笑み返す。
「何よりも……今回はアイマンの祖父の遺言を叶えるために来たようなものだ」
 もう一人も一緒に来たのだが、森に入れなかった。そう付け加えながら、カナードは風花に視線を向ける。
「そうなの。劾とプレアも一緒に来たんだけど、中に入れたのはカナード様と私だけなんです」
 カナードは、女性の部屋に踏み込むような無礼者ではないから、と続けられたのはフォローの意味でなのだろうか。それとも、と一瞬悩む。
「……本当に……ここは危険なのですよ?」
 ミゲルもイザークも、最初のうちは大丈夫だったが、最後の頃はかなりきつそうだった。
 だから、とキラは顔をしかめる。
「わかっているが、な。俺は、お前に会いに来たかった」
 ただ、それだけだ。カナードは静かな口調で告げた。
「本当に、君は王様なの?」
 キラがため息とともにこうはき出す。
「カガリだって相当なものだったけど……でも、義務だけはきちんと理解していたよ?」
 さらに、彼女はこうも付け加える。
「俺も、義務は理解しているつもりだ」
 だが、とカナードはキラを見つめた。
「ここに来たのは、俺の唯一のわがままだと言っていい」
「そうですよ。カナード様がこんなに無茶をされたのは初めてです」
 今度の言葉は、間違いなくフォローと考えていいのだろう。カナードは小さな笑みと共に風花に視線を向けた。
「ですから、そんなに怒らないでください。カナード様にしてみれば、キラ様だけが対等の立場で物を言ってくれる相手なんですよ?」
 他の者達は、みな、臣下という立場を超えられないから。そう告げる風花に、彼女は一体どこまで自分の気持ちをわかっているのだろうか。そんな風にも考えてしまう。
 ひょっとしたら、劾かプレアあたりから話を聞いているのかもしれない。その可能性の方が高そうだ、とカナードは勝手に納得をする。
「それでも……本当にここは危険なんだよ?」
 キラは小さなため息とともにまた同じ事場を繰り返した。
「だから、少しでも早く、ここをでないと」
 境までは送ってあげるから……とキラは付け加える。
「俺としては……もう少し、話をしたいのだが」
 そんな彼女に向かってカナードは言い返した。
「この前も、早々に追い出されたしな」
 それに、と彼は付け加える。
「……それに?」
 何かあるのか、とキラは次の言葉を促してきた。やはり、彼女も察しがよい。無駄なことを言わずにすむ、というのは気分的に楽だ。
「この森を破壊しようとしているらしい馬鹿者達がいる」
 だから、自分はきちんとした対処を取らなければいけない。この森に巣くう妄執の浄化も検討の中に入れて、だ。
「……僕の力が足りないから……」
 それをどう受け止めたのだろうか。キラはこう呟く。だが、すぐに彼女は顔を上げた。
「でも、ここじゃない方がいい。万が一のことを考えれば、すぐに森から出られるところにいた方がいいよ」
 だから、移動をしよう。
 それが精一杯の譲歩なのではないか。そう判断をして、カナードは静かに頷いてみせた。


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