「よう」
 久しぶりだな、と声をかけてきたのはロウだ。
 その隣で劾が苦虫を噛み潰したような表情をしているところを見れば、彼のそんな態度を苦々しく思っているのだろう。
「珍しいな」
 お前が顔を出すなんて……とそんな彼を無視してロウに声をかける。
「久々にこちらに来たからな。他国の話を聞きたいかなぁ、と思っただけだ」
 それと、国内の色々な……と彼は意味ありげに続けた。
 ひょっとしたら、劾のあの表情はそちらが関係しているのか。カナードはそうも判断をする。
「そうだな。色々と聞かせてもらいたいが……その前に片づけなければならないことがあるようだ」
 プレア、と共に来た少年に声をかけた。
「あ、はい」
 今、書状をお持ちします……と彼はまるで子ウサギのように駆け出していく。
「すまないな」
 その姿を見送りながらカナードはロウにこう告げた。
「気にするなって。いきなり押しかけた俺が悪いんだし」
 何よりもカナードの口から『すまない』と言われただけでもいい、と彼は苦笑と共に言い返してくる。
「……ロウ?」
 何が言いたい、とカナードは彼をにらみつけた。
「お前から『すまない』なんて言葉を聞くとは、明日は雨かなぁ」
 それとも成長したと言うことか。
 この言葉に、カナードは思わず手近にあった本を投げつけてやろうかと思う。しかし、本は大切にするものだという祖母の教育を思い出して、必死にそれを耐えた。
「ラクス様の教育がよかっただけだろう」
 それをどう思っているのか。劾がこう告げている。
「ラクス様かぁ……あの方は、本当に偉大だった。結局、王家三代を支えられたんだからな」
 その言葉には誰も反論できない。
「……おばあさまがいてくださったからこそ、今の俺がいる。それは否定しない」
 しかし、自分は自分だ……とカナードは思う。
 ロウ達には悪気がないこともわかっていた。
 それでも、こんな時に祖母の名前を出されると、苛立ちを覚える。
「カナード」
 その時、彼の耳にプレアの声が届く。
「すみません、これです」
 そう言いながら差し出されたのは、地方の官吏からもたらされたものだった。
「……何かあったのか?」
 オーブからのそれにカナードは眉を寄せる。
「緊急の印は付いていませんから……きっと、報告だと思います」
 そちらは読んでいないが、添え状には神殿からのものだと書かれてあったから。プレアはそうも付け加えた。
「……おばあさまの葬儀に関してか?」
 それとも、他のことか……とカナードは首をかしげる。
「読めばわかるか」
 その方が手っ取り早い。そう判断をして、カナードは封蝋を外す。そして、そのまま髪を広げた。
 神官達の教育は行き届いているのだろう。そこには几帳面なほどに整えられた文字が並んでいる。
 それを一定の速度で読み進めていく内に、自然と眉根がよってきた。
「……禁域の解放を、だと?」
 何を考えているんだ、カナードは思わず呟く。
 確かに、人口が増えてきたせいでどこも耕作地が足りなくなっている。それはわかっているが、だからといって、禁域を解放しろというのは違うだろう。
 まして、それがあるのはオーブだ。
 女神のご加護が厚いあの地で《禁域》とされているのであれば、それなりの理由があってのことではないか。
「民衆の中では信仰が薄れているとは聞いていたが……それとこれとは違うだろう」
 しかし、訴えを無碍に退けるわけにもいかない。
「そもそも……あそこは何故、禁域になったんだ?」
 その場所がどこなのかは知っている。両親がまだ生きていた頃から、何度か足を運んだとがあるからだ。
 何よりも、とカナードは心の中で呟く。
 自分が足を運ぶことは出来なくても、あの祖母が季節ごとに彼の地を訪れていたことも知っている。もっとも、その中に足を踏み入れることはなかったが。
「それって、あれか? オーブとプラントの間にある森だろう?」
 今まで黙っていたロウが口を挟んでくる。
「ロウ……」
「口を挟んで悪いけどな、劾。俺のさっきの話もあそこに関わることなんだぞ」
 だから、ついつい興味を持ってしまったのだ。そう彼は続けた。
「……その話を聞く前に……どうしてあそこが禁域になったのかを知っているのか?」
 この問いかけに、周囲から冷たい視線が向けられる。
「先ほどのことから、まさか、とは思っていましたが……本当に知らなかったんですね、カナード」
 プレアがこう言えば、
「あそこが《禁域》になったのは、アスラン様が王位を継がれる直前だぞ?」
 カガリ様は即位されていたが、と劾が付け加える。
「カナードらしいと言えば、カナードらしいんじゃねぇ?」
 ロウのこの言葉に、カナードは思い切り顔をしかめてしまった。


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