あの時のように、自分はあっさりと森の中に進むことが出来た。しかし、隣にいたはずの劾とプレアの姿はない。
「……カナード様……」
 ただ一人、カナードの側にいた風花が、少しだけ不安そうに声をかけてくる。
「大丈夫だ」
 そんな彼女に向かって、カナードは淡い笑みを向けた。
 しかし、それがあくまでも表情だけだと言うこともわかっている。この前感じたのと同じ《殺気》がまた自分に向けられているのがわかったからだ。
 だが、それを風花は気付いていないらしい。
「後で、プレアにいじけられるかな?」
 微苦笑と共にカナードを見上げてくる。
「そうかもしれないな」
 劾も同じように感じるのかもしれない。大人のようでいて、実は負けず嫌いなのだ、彼も。
「でも……寂しいところだね、ここ」
 綺麗だけど、と周囲を見回していたらしい風花が呟く。
「お花も咲いていないし」
 こんなにたくさん木があるのに、花が咲いていないのはおかしい。その事実に気が付いたのは、彼女が《女》だから、だろうか。
「確かに、そうだな」
 それに、とカナードは小さな声で呟く。
「やはり、生き物の気配もないな」
 誰かが迷い込んだとしても、キラはすぐにここから追い出してしまう。その事実が余計に寂しさを募らせるだけではないのか、とカナードは考える。
 それとも、慣れるものなのか。
「ともかく、行くぞ」
 どちらにしても、キラに会わなければ話は進まない。
「場所、知っているの?」
 カナードにしても、ここにはいるのは二度目ではないか。言外に風花はそう問いかけてくる。
「アイマンのおじいさまの日記から推測、になるがな」
 彼は、ここの様子を克明に書き残していた。だから、と口にしながら風花の体を抱き上げる。
「カナード様?」
「時間が惜しい。だから、大人しくしていろ」
 少しでも長くキラと話をしたいから、とカナードは正直に気持ちを告げた。他の時ならばともかく、今は風花に付き合ってやる気持ち的な余裕がないのだ、とも。
「……カナード様って、意外と純情だったんだね」
 十近くも年下の相手に言われるとは思わなかったセリフではある。
「風花……」
 にらみつけても、彼女は意に介する様子を見せない。
「だって、好きなんでしょ?」
 そのお姫様が、と平然と言い返してくる。
「隠そうと思っても、わかるよ」
 小さくても、自分は女だから……と彼女は満面の笑みと共に続けた。伊達や酔狂で王宮にいるわけではない、とも。
「女性の楽しみなんて、いつでも同じものよ」
 そう言われても、とカナードは小さなため息をつく。
「俺は……」
 だからといって、言われっぱなしと言うのも気に入らない。だから、と反論をしようとした。
「経験ないんだから当然だよね」
 女官達がこなをかけていたのも気付かなかったようだし、と風花は笑う。
 これは、一度ロレッタと彼女の教育について話し合った方が良さそうな気がする。
 もっとも、逆に説教をされそうな気もするが……と心の中で呟きながらも、さらに足を進めていく。
 それにしても、キラが姿を現さないな。
 先日はそろそろ現れた頃合いだったのに。そんなことも考えてしまう。
 それとも、別の理由があるのだろうか。
 だとするならば……と思いながらさらに進んでいけば、細い道のようなものに行き当たった。
「……他に生き物がいない以上、これはキラが作った物だろうな」
 と言うことは、この先にキラがいる可能性が高いと言うことだろう。そう判断をしてカナードはその道を歩き始める。
「どうやら、間違いなさそうだな」
 少し進んだだけでも殺気が強まったのだ。おそらく、この先に自分たちを行かせたくないのだろう。
「……カナード様……」
 ここまで来れば風花も何かを感じ取ったのか。不安そうに呼びかけてくる。
「これが、あいつが残した妄執だ」
 もう五十年も経つのに――いや、まだ五十年というのが正しいのか――これは消えることはない。逆に強まっているのではないか、とすら思わせる。
「何で……」
 死んでまでこんなことをするのか。風花はこう呟く。
「それ以外、何も知らないからだろう?」
 世界を恨むことしか、とカナードは言い返してやった。
「だから、死んでからも安寧を手に入れることが出来ない」
 だが、キラと女神はそれを与えようとしている。出来ないかもしれないのに、だ。
「その楔から、解きはなってやりたい」
 キラを、とカナードはそっと呟く。
「頑張ってね、カナード様」
 応援されているのか、それともからかわれているのか。風花の言葉からはわからなかった。


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